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「低山」ならではの楽しみ方やその物語を伝えていきたい

『東京・日帰り登山ライフ』教授 / 大内征さん

今期で24期目を迎える人気講義『東京・日帰り登山ライフ』と『東北復興学』の教授でもあり、『キャンプin仙台』ではプロジェクトリーダーを務めていた大内征さん。キュレターを務める講義も多数あり、多くの生徒から親しまれている名物教授です。今や「低山トラベラー」として、各地の山はもちろん著書『低山トラベル』やアウトドア雑誌の連載、テレビ、ラジオなど多くのメディアでも活躍する大内さんですが、「自分にしかできない仕事」をどのようにつくっていったのでしょう。自由大学で講義をはじめたきっかけや、講義のこと、低山の魅力についてお伺いしました。


–そもそも自由大学との出会いのきっかけはなんだったのでしょうか。

2010年頃のことですが、実は、かつて自由大学のweb広告を偶然発見したのがきっかけなんです。最初は怪しい…と思っていたんだけど(笑)、思わずクリックしたんですよね。そしたら、その内容が面白そうで、とてもワクワクしたことを覚えています。そこで偶然見つけた『サッカースパニッシュ』という講義を受けたのがはじまり。カオスでマニアックなんだけど、そこには学びが詰まっていて、それがすごく面白かったんですよね。

 

–もともと受講生だったのですね。そこからどのように教授になっていったのでしょうか。

そうそう。この講義を卒業したあとも、知り合いを紹介したり、自由大学の運営チームと話す機会が増えていったんです。そんなタイミングで起こったのが、東日本大震災。

あの頃、自由大学としてなにかできることはないか?と、立ち上がったのが『キャンプin仙台』のプロジェクトだったんです。故郷が仙台ということや、会社員時代の経験が活かせるのでは?ということから、このプロジェクトのリーダーとして自由大学と一緒に活動をはじめたのが、最初のきっかけでした。

決して気負わずに震災の爪痕に触れて感じて、自分なりに体験できて、学びと面白さが詰まっている。そんなプロジェクトを進めていく中で、”東京にいても東北のことを考えられるきっかけ”があったらいいなと思いはじめて、『東北復興学』という講義をはじめました。

 

はじめて教授として『東北復興学』の講義をつくる上で、大切にしていたことなどありますか?

実は講義のリリース前に、『キュレーション学中級』を薦められて受講したんです。ここで、自由大学らしい余白や遊びのつくり方を学びましたね。あまりきっちり計画を立てないこととか(笑)。そこで講義をつくる上で大切にしようと思ったことは、”自分が楽しいと思うことを、自分が一番表現しよう”ってこと。こうやって自由大学らしさを吸収しながら、『東北復興学』をより深めて震災翌年にリリースしたんです。

 

実際に講義をしてみて、ご自身になにか変化はありましたか?

「5回の講義の中でみんなと/みんなが仲良くなる間合い」を掴んだ気がしました。それは、たくさんのテーマを用意するのではなくて、テーマをはじめから絞ることで、より深いモノコトや濃い人間関係が生まれるということ。東北の震災の事例をたくさん取り上げて散漫になるのではなくて、自分が好きな「場と人」をみんなに紹介をするということを徹底的にやるよう心がけました。

あと変化といえば、自由大学以外でも、東北の震災のことをいろんな場で話す機会が増えていきましたね。当時はまだ会社員だったんだけど、こうやって自由大学をきっかけに活動していくうちに、”本当に好きなことをこういったスタンスでやりたい!”と思いはじめたんだよね。それが長年関わりたかった、「山や自然」であり「歴史や地域文化」なんです。

 

現在の「山」がテーマの仕事のはじまりは自由大学がきっかけということ?

まさにそう!30代半ばからずっと「自然」を舞台にした仕事をしたい!と思いながらも、今世の中にある職業の中には、そういうポジションがなくて…。それなら自分で仕事をつくるしかない!ってタイミングで、まずは『東京・日帰り登山ライフ』の講義を作ったんです。

新しいことをはじめるときは「なんでもできますよ!」とつい間口を大きく見せたくなっちゃうんだけど、あえてテーマをフォーカスして深めていこうと「低山」「日帰り」「東京近郊」に絞ったんだよね。

 

 

そこが、「低山トラベラー」のはじまりなんですね!
ちなみになぜ、「低山」と「日帰り」にこだわったのでしょうか。

まさに、自由大学がきっかけで「低山トラベラー」が誕生したんです。

「低山」と「日帰り」「東京近郊」にこだわった理由は3つあって、まずは、みんなでゴールが描きやすいこと。それと、世の中的にあまり「低山」と「日帰り」に注目している人がいなかったこと。さらに、東京は自然のない大都会という先入観をこわしたかったから。

講義のはじまりはワクワクできて、講義が終わったあとも、自分でもできそう!と思えたり、低山ならではの、その土地の歴史や文化と登山を掛け合わせる面白さを伝えたかったので、「低山」、「日帰り」、そして「東京近郊」にテーマを絞ったんです。

 

登山といえば、高い山に登って絶景を見るようなものをイメージしてしまいますが、低山ならではの魅力に気がついたのはいつ頃なのでしょうか。

たしかに、登山といえば、頂上を目指す高い山をイメージしますよね。でも、こういった登山は、トレーニングをして頑張れば多くの人ができるし、もうすでに世の中にある登山の楽しみ方なんです。そうではなくて、世の中にあまりない視点や考え方を提供することで、そこにはじめて価値が生まれるのでは?と、あえて登山の王道の逆をいったんですよね。標高の高さより、物語の深さって(笑)。

低山の魅力に気がついたのは、30代の頃。会社に勤めていると、天候や準備、休みの確保や金銭面などの関係もあって、高い山ばかりに行くことがなかなかできなかったんですね。それでよく、東京近郊の低い山に行くようになっていったんですが、近場の低山を調べて、行きだすとそれがまた面白くて!低山には人が暮らしている里があって、集落があって、そこには歴史や文化や昔話が色濃く残っているんです。

 

 

かつて20代の頃に読み漁っていた時代小説の舞台だったり、歴史上の人物が戦った場所だったり、旅をした道だったり…、本で得た「点」の知識が、山に行くたびに結びはじめて「線」になり始めたんです。あ~ここがあの場所ね!と山に行くたびに発見の連続で、冒険心がくすぐられて。

もっとこのような山の物語を伝えたいし、いろんな人と”新しい山の楽しみ方”を分かち合いたかったんですよね。だからまずは、自分自身が楽しむことを見せていこうと決意しました。

 

なるほど!会社員時代に低山の魅力に気がつき、自由大学をきっかけに「山」をテーマに仕事をつくりはじめたのですね。

そう!チャンスは人が運んでくるものですからね。そのチャンスを掴む、応えるのは、自分次第。

ちょっと大袈裟かもしれないけど、自由大学の講義の5日間は、人生が変わる5日間になるかもしれないと思っています。人生を変えるか変えないかはあなた次第。だけど、そのきっかけにはなるんじゃないかな。

 

まさに大内さんは、自由大学をきっかけに人生が動き出していますよね!
最後に、今後の目標やビジョンなどあればお伺いしたいです。

ちょっと大きすぎる目標かもしれないけど、生きた証を残したいよね。自分が死んだ後も誰かの希望として「低山トラベラー」が残っていてほしいと思う。時代小説の読みすぎかな(笑)。

山を見た目で判断せずに、山に残っている様々な物語に目を向けて、敬意を払って、学び遊ばせてもらう。登山という手段を通して、各地の里や自分たちの地域に目を向ける人たちが増え、自分の町を再発見する機会や、教育など様々な分野で活かせたらいいですよね。まずは、自分自身が楽しんで、「こんなに低山は面白いよ!」って発信し続けたいし、自由大学があるかぎり、ずっとこの『東京・日帰り登山ライフ』は続けていきたいですね。

 

担当講義:「東京・日帰り登山ライフ」「アイデアスケッチ・デイズ
文、写真:石川妙子(ORDINARY



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