ブログ


医学部生時代に、創立間もない自由大学に通った産婦人科医の遠見才希子さん。学生時代から中高生に向けた性教育を行い、その活動をまとめた本を『自分の本をつくる方法』受講後に出版されました。緊急避妊薬の啓発など活動の幅を広げられています。

 

—自由大学開校の当時から続く『自分の本をつくる方法』に2期生として参加されました。その時はどんな本をつくりたかったのでしょうか?

受講したのは2009年で、私は医学部5年生でした。1年生の時からはじめた中高生へ向けた性教育の活動について、自分の体験を発信したいと考えたことがきっかけです。

大学で医療系学生のNGO団体に入り、おもに性感染症予防のための啓発活動をしていました。同世代で性のことを考えるイベントや勉強会を主催する中で、「この情報を中高生の時に知りたかった」と考えるようになったんです。そこで取り組んだのが、中学や高校で性教育に関する講演を開くことでした。この活動は現在まで続けていて、当時から上から目線で「教えてあげる」といった姿勢ではなく、同じ目線で「一緒に考えていこう」というスタイルを大切にしています。

—なぜ出版という形を選んだのでしょうか?

それまでの活動を振り返る機会になったらいいなという個人的な願望はありました。受講前に自分の体験や考えたことをブログに書いていたのですが、備忘録でしかなかったので、本という形にまとめたいなと。また、私のチャレンジはこれから事を起こそうとする誰かのためになるのではないかと考えたこともあります。大学時代から始めた性教育も現在の活動も、「自分が必要とするものは、他の人も必要としているものかもしれないというモチベーションが軸にあります。本を出したいと思ったのも同じ動機です。

本にすれば多くの人に性教育を届けられるのではないかと考えました。一校一校、学校を回って講演をするのでは、伝えられる人数に限界があるので。

—自分の本をつくる方法の教授で、自由大学学長でもある深井次郎さんは、現在も遠見さんの成功事例を受講生に共有しています。出版へ強いモチベーションが行動に繋がったのでしょうか?

次郎さんというあたたかい先輩と、切磋琢磨できる仲間と出会えたおかげで出版まで繋がったと思います。講義では同期のみなさんと一緒に考えながら、励まし合うような空気がありました。講義が終わったあとも、出版社に提案をしたらどんなフィードバックがあったかなどをメーリングリストに投稿したりして。

講義で企画書づくりを学び、その通りに作成したら編集者から「プロなのではないか」と驚かれました(笑)。性教育は今でこそ注目を浴びていますが、当時は需要が期待されるテーマではありませんでした。何度もお断りされながらも提案し続け、大学卒業間際にディスカバー21さんから『ひとりじゃない  自分の心とからだを大切にするって?』を出版できました。内容としては、寝た子を起こすなという性教育に対して批判的な風潮がある社会で奮闘した自伝という形で。2011年の春で初版は9000部刷っていただけたため、息が長く売れ続けて2019年に第2版を出すことができたんです。

重版がかかりロングセラーとなっているデビュー作『ひとりじゃない』(2011年、ディスカバー21刊)

インタビューに同席した深井さん(教授、学長)と。同期メンバーとも10年経つ今でも交流は続き、一緒に出版関連のお仕事をすることもある。

 

10年経って、著書を振り返るとどう感じますか?

正直なところ、読み返すと今書くなら別の表現をするなと。荒さを感じる部分はあります。男の子だからとか、女の子だからという表現は、ジェンダーや性の多様性に対する配慮が足りなかったと反省しています。性別関係なく、自分や相手の心と体を大切にして、お互いの性に関する権利を尊重する必要がある。この本は今の自分だったら書かない表現もありますが、等身大の自分が全力で書いたものである点は価値があるし、熱も感じます。

医師として経験を積み、発信を続けることで表現にはより慎重になりました。意図せず人を傷つけることについても敏感になり、過去の自分の発言を振り返って、無自覚に押し付けてきたかもしれないと考えることがあります。

 

出版後、しばらく発信を止められていたそうですが、どんな理由があったのでしょうか?

医師として非常に多忙だったのが大きな理由です。本を出版した2011年に大学を卒業し、研修医になりました。それから7年間は発信がほとんどできていなかったですね。とても忙しい病院に入ったこともあり、休みもほとんどない中で余裕がありませんでした。ただ、完全にやめることは避けたかったので、性教育は病院のある地域の学校で続けていました。ほそぼそとですが、続けるのが大事だと思って。

講演後に、レイプなど同意のない性行為による性暴力被害を伝えてくれる子は少なくありませんでした。立ち止まって勉強したいという気持ちから、2017年に大学院に進学しました。おもに、性暴力や人工妊娠中絶をテーマに研究をしています。

2018年、2019年には出産を経験しました。その頃から、緊急避妊薬を薬局で手に入れられるように政策提言を行う活動も始めました。そうすると、仕事が仕事を呼んで忙しくなってきて、ここ数年は発信する機会が増えています。


妊娠中に「自分の本をつくる方法」を約8年ぶりに再受講されましたが、どんな動機でしたか? 出版したいテーマがあったのでしょうか。

私は不妊治療により妊娠したので、そのテーマを企画書にまとめたかったのです。臨床の第一線を離れて見えた視点や、当事者になって気づいたこともあったので。そのときは出版には結びつきませんでしたが、最近はコロナ禍の影響もあるのか、性教育への社会的関心がすごく高まっていて、今後、5冊出版予定です。

 

最初に受講された時代と比べて、格段にメディアが多様化しました。ネットで情報を得ることについてどうお考えでしょうか?

ネットやSNSは、膨大な情報が次から次に見えてしまいますが、書籍は1ページずつ自分のペースで読みすすめることができる。そこは書籍のずっと変わらない良さのひとつだと思います。ネットで情報にアクセスしやすくなったメリットもありますが、年齢にふさわしくない情報や不確かな情報も得られやすくなったり、子どもを性の対象とする大人とSNSで簡単に繋がってしまうリスクもあります。このような状況に不安を持っている親は多いですね。

 

最初の出版から10年経ち、医師として経験を積みご自身も母となって、遠見さんの伝えたいことも変わってきましたか?

産婦人科医になっても、親になっても、等身大で伝えたいという気持ちです。大学時代の自分が原点で、これからも常に思春期の子たちの体や心の悩みを同じ目線で一緒に考えたいので、その意識は変わりません。

私が性教育を始めたばかりの当時は、性感染症予防や避妊が性教育の中心だと思っていました。大学院に入って性暴力の当事者の方から話を聴くことで、もっと広い視点で人権をベースに伝えなければならないと痛感しました。

人権というと難しいイメージかもしれませんが、自分も相手も大切な存在でお互いを尊重することです。「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」という考えがあり、端的に言うと「自分の体は自分で決める、相手を尊重して安全で満足できるセックスをする」こと。自分で決めるためには、適切な情報や選択肢が必要です。説教や脅しではなく、適切な情報提供をして、その人自身が選択できるようにサポートすることが性教育の役割だと思います。

同時に、日本では選択肢があってもそれを選べなかったり、そもそも選択肢が限られている課題もあります。たとえば、正しい知識があってもアフターピルは高額かつ受診が必要で、かんたんに手に入れられません。正しい知識を持っていても、選択ができない状況があります。

性教育や、SNSでの発信、出版を通して知識を広げ選択肢を知ってもらうこと。その選択肢が選べるように社会システムを変えるため働きかけることの両方が必要だと考えています。

 

最後に、遠見さんにとって自由とは?

ポジティブで明るい青空のイメージですね。「自由」をネガティブに捉える人もいますが、私にとってはプラスな状態です。



取材後記

医師として上からの立場ではなく、思春期の子どもたちと同じ目線から伝えることを大切にされている遠見さん。ご自身の考えや発信方法について、時代に合わせアップデートしていく姿勢に伝える側が大切にすべきものを学びました。

(取材:むらかみみさと

遠見才希子さんの近況や取材、講演のご連絡は公式サイトにて
ブログ「えんみちゃんの性教育
オフィシャルサイト:https://emmskk.jp/

 

 


FLY(フライ)は、自由大学の卒業生が登場するインタビューコーナー。自由大学に通い、新しく見つけた自分の姿。卒業して、踏み出した一歩は小さくても確かな手応えをもって、新しい日常の扉を押し広げます。卒業生が体験した、自分らしい転換期の話をお届けします。

 



関連するブログ