自由大学メールマガジン Vol.551|
コラム『新しい畑で驚くほど甘いみかんをつくろう』
「この膠着した組織を変えてやる!」
血気盛んな若者が、所属コミュニティを改善しようと努力するケースはよくありますね。でも、組織を変える努力をするなら、新しい箱を別につくったほうが賢いかも。先輩たちが多くいて、すでにできあがった文化やルールを変えるのは、大きな抵抗が起きるからです。
どのコミュニティも誕生したばかりの「混沌」から、「秩序」へ向かいます。「昔は自由でよかった」けれど「今はルールが多く身動きが取れない」。これが定番の流れです。
混沌期はストレスもかかります。家も道具もない原始時代は、先が見えずコントロールの効かない毎日で、不安だらけでした。
「いつ外敵に襲われるだろう」
「どこで食べ物が手に入るかわからない」
そんなカオスから始まって、家を建て畑で食べ物を作り、村人と共同生活するマナーができていき、秩序を獲得し安心を手に入れていきます。
わからない現象も、必死で解明しようとする。例えば、雷とは何か。わからない。だけど偉い人が「天の神様が怒っているのだ」とそれっぽい理由づけをし、解明した気になって少しでも心の平安をつくりだそうとしてきました。
交通ルールも、信号がなかった昔は交差点でその都度、どっちの馬車が先に通るか決めていました。俺が先だと主張するジャイアンが通り、気の弱いのび太はいつまでも待ったまま。ジャイアン同士が出会ったら、激しいケンカになります。
「もうルールで決めちゃいましょう」
交通量が増えてくると、毎回争うのも疲れるし効率が悪いので、交通整理する警官が立ち、次第に信号機が発明されます。おかげで、弱者も平等に渡れるようになりますし、進むか止まるか自分で判断する労力がなくなる。秩序ができると、楽で安全で平和になります。
信号は便利な発明なのですが、デメリットもあります。自分で判断する能力が落ちるし、衰退期に入り、交通量が減った時にどうなるか。逆に非効率が目立ってくるんです。
「車がほとんど通らないのに、赤だから待つしかない」
かつて栄えていたけど今は寂れた地域で、よく見られますよね。「誰も通らないのに、この信号いる?」という。臨機応変に無視できればいいんですけど、もし警察に見られたらペナルティです。
「非効率な信号なら、撤去すればいいんじゃん」
いやいや、そう簡単にはいきません。「もしここで事故が起きたら、責任取れるのか」「また何年後かに交通量が戻るかもしれないじゃないか」信号を導入した時代の先輩たちを中心に、反発されます。
ところで、甘いみかんを育てるには何が必要か知っていますか? ぼくらがよく食べている温州みかんを、日本人が育て始めて500年ほど。これまでずっと「日当たりと水はけ」が最重要だと信じられてきました。日当たりの良い、南向きの傾斜地でみかんは育てるべきだと。
肥料も多くあげたほうがいいし、雑草も取り除いたほうがいい。代々の農家さんもそうやってきて、農協の教科書にもそう書いてある。でも、これらの常識が全部まちがっていたと判明してしまった話があります。
広島県の大崎上島で、500万円の予算をかけて本気で調査したんだそうです。何がみかんの糖度に影響しているのか。調べたら、南向きの畑だけではなく、東や西、北向きでさえ、糖度に違いはなかった。つまり日当たりは関係なかったんです。
何か共通点がないか細かく調べていったら、どうやら「畑に石が混じっていると糖度が高くなる」と発見した。石が混じっていると、根が伸びる時に石に当たる。異物に接触すると植物ホルモンのエチレンが分泌されて、どうやらそれで甘みが増すようだとわかったんです。
だから、いかにエチレンを分泌させるかが重要であって、今まで言い伝えられてきた日当たりも水はけも関係なかった。除草剤も肥料もいらない。石も取り除く必要ないし、むしろ石を土に混ぜたほうがいい。お金と手間暇かけてきた努力が、実は意味なかったんです。
今までの教科書と真逆すぎて、この新説はみかん農家さんには受け入れがたかった。だってベテラン農家さんは、今まで後輩に指導してきたメンツがありますから。今までの全部がまちがっていたなんて、恥ずかしいし信じたくない。天動説を強く唱えてた人が、地動説を受け入れるには、多くの月日が必要です。
「日当たりは重要」「雑草は抜いたほうがいい」そう歴史上の誰かが言い始めて、代々その迷信を信じてきました。
「なんかそういうデータとかあるんですか?それって個人の感想ですよね」
ひろゆきさんみたいな論破王に指摘されて、初めて気づいたんです。現代になっても正確に比較したデータは、特になかったことに。植物は光合成をするんだから、日当たりは良いに越したことはないだろう。土の栄養が取られてしまうから、雑草は抜いたほうがいいだろう。確かに、ロジック的にも通じる気がします。でも、どれも関係ないことが判明した。
人間は早く混沌を抜け出したくて、何かしら秩序づくりを急ぎます。その過程で、どうしても迷信が混ざってしまう。誰にも悪気はないし、一生懸命に仮説を立てるんだけど、いつのまにかその仮説が「正解」にすり替わってしまう。
どの業界にも、どの組織にも「迷信」や「不要な信号」はたくさんあります。でもそれをひっくり返す労力はほとんど革命です。血を見ることになる。
だから賢い人は、戦いません。既存の組織とは別に、新しい箱を用意します。新しい箱で実験的に新説を進めるのです。まずはひとりでこっそりと、糖度12%以上のみかんを量産する。
「こんな甘いみかん、誰が作ってるんだ?」
驚いた先輩たちが視察にくるでしょう。その時に「ここだけの秘密ですよ」と耳打ちする。農業がいいのは、正解が白黒はっきり出るところ。植物の育ちを見れば、一目瞭然なんですね。信じがたい新説でも、現物を見せられたら信じるしかありません。こちらが広めようとしなくても、勝手に広まるでしょう。
これなら先輩のメンツもつぶさず、説得する努力もなく、新説が浸透します。人間は天邪鬼ですから、押すと抵抗するし、逆に隠すと見たくなる。
組織を変えようとするなら、まず新しい畑で甘いみかんをつくることです。
TEXT : 深井次郎 / 自由大学学長