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風土や歴史を知ればタイ料理はもっと楽しくなる

FLY_ 72|橋本加名子さん/『ヴィーガンベジタイ学』教授

ヴィーガンベジタイ学 橋本 加名子

料理研究家として活躍する『ヴィーガンベジタイ学』教授の橋本加名子さん。興味からはじめた料理が、個人ワークを経てどのようにさまざまな仕事へと展開していったのかを伺いました。

 

タイ料理との出会いを教えていただけますか。

短大の栄養科を卒業後、アメリカのコミュニティカレッジに3年間留学してビジネスを学びました。そこでタイ料理やベトナム料理に魅了されたことが、現在の活動につながっています。当時暮らしていたノーザンバージニアは東南アジア系の移民が多い地域で、本場のタイ料理やベトナム料理を味わうことができたんです。

当時の日本ではタイ料理がポピュラーになりつつあった時期で、今のように手軽に食材が手に入る環境ではありませんでした。その中で帰国後も、タイ料理やベトナム料理の勉強を続けていました。

 

ヴィーガンベジタイ学 橋本 加名子


料理研究家としてのキャリアは、そこからスタートしたのでしょうか?

すぐに料理を仕事にしたわけではありません。コミュニティカレッジ卒業後は日本に戻り、ホテルなどで使われる厨房機器を扱う商社に就職しました。新製品の使い方をレクチャーするなど実務の担当です。最初に入社した企業を退職後にタイへ渡り、イギリス系の商社で働きながら1年半ほど多様な地域、階層で作られるタイ料理を学びました。

サイドワークとしてのはじまりは、友人のマンションを間借りし、赤坂で料理教室を開いたときです。友人が東京出張のために部屋を借りていたのですが、使っていない昼間の時間にタイ料理教室をはじめたんです。一度習い事の雑誌に出たこともありましたが、集客はほぼ口コミです。最初は、ほそぼそとでしたが、夜間クラスをはじめたところ生徒さんが増えまして。場所柄、仕事終わりの女性が通ってくださるようになりました。この頃の生徒さんは今も通い続けてくれる人も少なくありません。その他にも、食料品店に置かせてもらった料理教室のチラシを見た飲食店から、メニュー開発を請け負うなど仕事の広がりもありました。

会社員と複業だったり、子育てをしながらだったりで、料理研究家として生計を立てるまでには時間がかかりました。

 

他にはどのようなお仕事をされたのですか?

料理研究家としては、料理教室の運営、レシピ開発、テレビの料理番組の裏方として台本通りに撮影用の料理を作る仕事をしていました。

楽しいものの不安定な仕事だったので、経済的な基盤をしっかり持ちたいと思っていたときにご縁があって、飲食店経営の会社に入社しました。2002年のことです。六本木ヒルズの開業に合わせてイタリアンテイストを入れたタイ料理レストランがオープンすることになり採用されたんです。その会社は複数の飲食店を経営していたので、六本木ヒルズ以降も複数の店舗立ち上げ、メニュー開発、広報、店舗のオペレーションなどを担当しました。5年半ほど務めていましたが、飲食事業をたたむことになり退職しました。

 

その頃はじめての本を出版されたそうですね。

『スープレシピ』という本を出しました。名前通りスープの作り方を紹介する本で、本の企画が進行している中で声をかけてもらったのがきっかけです。以来1年に1冊ペースで出版できていますが、レシピ本の世界はシビアで、最近は特に流行を狙った企画しか通らない傾向があります。アジア料理はレストランでは人気があるものの、家庭料理としては難易度が高いせいか出版の難易度が高いのですが、2019年にアジア料理の本『はじめてのアジアごはん』を刊行できました。2020年はシャープのホットクックを使ったレシピ本がヒットするなど、これまでにないハイペースでレシピ本を出版しました。

 

ヴィーガンベジタイ学 橋本 加名子


料理研究家として独立されたきっかけは最初の出版ですか?

いえ、レシピ本は働きながら作りました。飲食店経営会社を辞めたタイミングでは、まだフリーになるには心もとなかったので、六本木ヒルズにテナントを持っていた冷凍食品会社に製品開発企画室長・店舗運営として入社しました。ただ、ベンチャーだったため1年半ほどで会社がうまく行かなくなってしまって。年齢が40才を超えたこともあり、フリーの料理研究家に転身しました。

ヴィーガンベジタイ学 橋本 加名子

タイの森のターおばさんの元での修行風景も収録されています

 

自由大学の講義ではタイ料理をテーマとされました。橋本さんにとってタイ料理とはどんな存在なのでしょうか。また、自由大学の講義ならではの工夫をされた点を教えてください。

食の仕事とタイ料理も20年。私にとってタイ料理はライフワークです。コロナの被害があった2020年は別として、年に数回はタイを訪れ、現地の方に料理を学んでいます。

自由大学で講義を持ったことで、タイ料理について私自身も情報や知識を整理することができました。料理教室で長年タイ料理を教えてきましたが、体系的に知識を伝える機会はほとんどありませんでした。料理教室は実践の場で座学はおこなわないためです。

改めてタイ料理の地域ごとの特性やレシピの棚卸しができました。

タイは南北に長い国で、北の主要都市チェンマイは日本でいう京都のような土地です。ラオス料理に近くもち米食の文化があり、納豆のような発酵食品をよく食べます。東北地方は貧しいため、米でお腹を満たせるように辛くて塩辛い惣菜があるなど。風土や歴史を知ることで、タイ料理を学ぶ楽しさが深まると思います。

タイは仏教国ですが、南部はムスリムが多く豚を食べません。ベジタリアンもいれば、日本人のように制限なく食べる人もいます。その多様性も面白いと思います。

橋本加名子さん/ヴィーガンベジタイ学


タイ料理の中でも「ヴィーガンベジタイ」をテーマにした理由はなんでしょうか。

ヴィーガンに興味を持ったきっかけは7年前に大病をして、自分の体や健康を見直したことです。そんな時にチェンマイでベジタリアン料理と出会い、「ターおばさん」ことジャムニアン・イアムジャルーンさんなど師と呼べる方もできました。

ベジタリアン、ヴィーガンと一言で言っても、ルールは個人によって違うものです。講義では「動物性の素材や加工品を入れない」と定義しています。

 

これから講義やお仕事で取り組みたいことを教えてください。

2020年は思うように講義ができなかったのですが、2021年のGWに開講予定です。料理研究家の仕事としては、地方で地産品を使った料理作りをしたり、本を出版する予定もありますが、実現したい目標は『ヴィーガンベジタイの本』を出すことです。

実は自分の講義を開く前に、学長の深井次郎さんが教授をつとめる『自分の本をつくる方法』を受講しまして。レシピ本は企画ありきで進むことが多いので、自分が企画した料理本、特にヴィーガンベジタイの本を出すことが目標です。

 

最後に、橋本さんにとって自由とは?

ありとあらゆる選択を自分でできることが自由だと思っています。

 

<取材後記>

アメリカで出会ったタイ料理が、現在の仕事へとつながっている橋本さん。「好きなことを仕事にする」ことがよしとされる最近ですが、好きなことを続けていくことで出会いが生まれ、仕事となっていくのは幸せなサイクルだと感じました。

 

(取材・文:むらかみみさと

橋本教授担当講義:ヴィーガンベジタイ学



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