講義レポート

学びが形になる瞬間 – クラフトビールと本づくり、2つの実践から生まれたもの

「クラフトビール醸造学」「自分の本をつくる方法」講義レポート 林 花代子さん

クラフトビール創造学、自分の本をつくる方法 林花代子

 

「学びが形になる瞬間」ほど、人生を豊かにする体験はない。自由大学には、単なる知識の習得にとどまらず、受講生自身が学びを通じて何かを生み出すことができる場がある。

私はこれまでに4つの講義を受講した。「自分の本をつくる方法」「出版道場」「自分スタイル世界旅行」を2015年に掛け持ちで3つ受講し、そして昨年2024年には「クラフトビール醸造学」を受講した。これらの講義で、自分のアイデアを形にすることの楽しさと難しさを学び、結果として一冊の本と、一つのビールを生み出すことができた。

クラフトビール醸造学」では、地中海の小さな島国・マルタ共和国の伝統菓子『イムアーレット』から着想を得たビール『アラビアンナイト』のレシピを作り、最終プレゼンで優秀賞を獲得。このたび、京都・福知山にあるインディペンデントブルワリー「CRAFT BANK」で商品化に至り今月4月に発売を迎えることとなった。一方、「自分の本をつくる方法」では、「長く愛されるガイドブック」を目指し、2017年に『まるごとマルタのガイドブック』を出版。ありがたいことに多くの方に手に取って頂けたおかげで増刷を重ね、2019年に新版を、2025年2月には増補新版が発売され、8年間読まれ続けている。この場で学んだこと、受講期をまたいで交流し応援してくれた仲間たち、そして読者の皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいだ。

この二つの学びがどのように形となり、どのような価値を生み出したのかを振り返りたい。

 

1.「クラフトビール醸造学」での学びと、オリジナルビール『アラビアンナイト』誕生

クラフトビール醸造学とは

クラフトビール醸造学」は、ビールを単に作るだけでなく、ストーリーやコンセプトを大切にしながら、自分だけのビールを生み出す講義だ。ビールの基本知識を学び、レシピを考え、最終的には自分のオリジナルビールと、作ってみたいブルワリーのコンセプトをプレゼンする。

京都・福知山で行われたフィールドワークでは、「クラフトビール醸造学」キュレーターの庄田健助さん(CRAFT BANK代表取締役・CFO)指導のもとで仕込みを体験し、ゲスト講師の公庄仁さんの講義でブランドコンセプトの重要性を学んだ。企画のヒントを得る貴重な機会となった。さらに、日本ビアジャーナリスト協会代表藤原ヒロユキさんの与謝野町のホップ畑で収穫を体験。8月の猛暑の中、実際の栽培環境に触れることで、教室では得られない学びを深めることができた。

 

 

講義では、庄田さんと、代官山「LA BASE de Chez Lui」シェフショコラティエの酒井將駄さんから副原料の選び方についても学ぶ機会があり、チョコレート製造時に廃棄されるカカオ豆の外皮「カカオハスク」を活用し、講師と受講生みんなでアップサイクルビール「CACAO FREEDOM」を新作クラフトビールとして開発。このプロセスを経て、副原料の選定やレシピの組み立ての可能性を広く捉えられるようになった。

 

クラフトビール醸造学 CACAO

 

さらに、このビールは講義終了後に開催された青山ファーマーズマーケットで販売され、実際に売る経験を積むことができた。購入者と直接やりとりする中で、どのように商品が市場に受け入れられるのかを肌で感じる、本当にブルワリーのような体験が味わえた。また、都内のコンビニ、ビアバーでも取り扱われ、実際のマーケットに広がっていく様子を目の当たりにして、社会とつながる手応えを感じられた。

 

 

アラビアンナイトの誕生

マルタをテーマにしたビールを作りたかった。

私が大好きなマルタをビールという形で表現することは、私自身の得意分野であり、最も学びや探求心を深めながら新たなものを生み出せる方法だと思った。そこで、マルタの伝統菓子『イムアーレット』からインスピレーションを得たレシピを考えた。

出来上がったオリジナルビールは、イムアーレットに使われる材料であるデーツ(なつめやし)とオレンジを使用し、香り付けにシナモンを加え、ペールエールにスパイスの風味が感じられるビールとなった。

 

レストランマルタ(東京・新橋)の高宮オーナーシェフ作のイムアーレット。通常は提供していない一品。CRAFT BANKでの醸造時の手がかりとして、特徴を深く知る目的で特別に再現協力いただいた。

 

もともと私は、ペールエールやピルスナーなどの飲みやすくすっきりしたビールが好きだ。特に、それらにスパイスがほんのり香るビールには特別な魅力を感じている。例えば、岩手県一関市にある世嬉の一酒造のクラフトビールブランド「いわて蔵ビール」が醸造する「山椒エール」は大のお気に入りで、実際に醸造所を訪れ、製造現場を見学したほどだ。

そんな自分の「好き」と「こだわり」をどう組み合わせるか、講義を重ねながら最終プレゼンに向けてアイデアを膨らませていった。そして、ビールの方向性を決める中で重要な要素となったのが、マルタの食文化だった。

マルタ料理は、イタリア料理をベースにした日本人にも親しみやすい味付けが多い。しかし、意外にもスパイスを多用する点が特徴的だ。イタリア料理で定番のバジルやオレガノなどに加え、クミンやアニスシードといった地中海地域や中東諸国のスパイスも取り入れることで、より奥深い味わいを生み出している。このスパイス文化は、マルタ語がアラビア語を語源としつつ、イタリア語やフランス語の影響も受け出来上がったミックスカルチャーであることと共通するものがある。

地中海の中心に位置するマルタは、歴史的に貿易や戦争の要所となり、さまざまな国の文化が交わって独自のアイデンティティを築いてきた。その歴史的・文化的背景を伝える手段として、私はイムアーレットのレシピを活かしたビールが最適だと考えた。

 

イムアーレットとは ー なぜ「マルタ」でなく「アラビアン」?

「Imqaret(イムアーレット)」は、マルタの伝統菓子の一つだが、そのルーツをたどるとアラブ世界に行き着く。9〜11世紀の間にマルタ島に渡ったアラブ人から伝わったとされる。名前の由来は、アラビア語でダイヤモンド形状のものを意味する「maqrut(マクルート)」。チュニジアでは同じ名前のマクルートが、イムアーレットとよく似たお菓子として広く親しまれている。

イムアーレットから発想したビールを作るならば、その文化的背景まで感じられるような味わいにしたいと考えた。仕事で疲れて帰ってきた夜、休日にほっと一息つきたい午後。グラスを傾け、ひとくち飲めば、魔法の絨毯に乗って日常を飛び越え、幻想の世界を旅する。アラビアンナイトの物語のように、異国情緒あふれる香りとともに、心が遠い異国へと誘われるーーそんなフレーバーとアロマにしたい。このようなビールコンセプトを作り上げた。

2012年、私は会社を辞め、語学留学を考えていた。留学先の候補としてマルタを勧められたが、「どこですか、それ?」と思わず聞き返した。当時はまだ日本での知名度が低く、日本語で読めるガイドブックも限られていた。唯一の情報源は「地球の歩き方 南イタリアとマルタ」のみ。南イタリアにおまけのように収録された、たった68ページの情報だけを頼りに私は未知の国へと飛び込んだ。

留学当時に撮影。著書の帯に使用しているお気に入りの一枚、首都ヴァレッタ。

 

現在では、テレビやSNS、旅行会社や留学エージェントの発信により、マルタの知名度は格段に上がった。私はこれを勝手に、日本におけるマルタ認知の「第二フェーズ」と位置づけ、以前より知名度が上がっただけでなく、より深くマルタの文化や歴史を知る機会を提供したいと考えた。このビールが、マルタとアラブ諸国とのつながり、マルタの食文化や言語の成り立ちを知るきっかけになれば嬉しい。レシピの着想はマルタの伝統菓子に基づくものだが、そのルーツはアラブ諸国にある。商品名にあえてマルタを使わず『アラビアンナイト』と名付けたのは、そんな想いを込めたからだ。

ビールレシピの開発

イムアーレットのレシピは、デーツ(なつめやし)と、オレンジの果汁とすりおろした皮に、アニスシード、シナモン、ナツメグなどのスパイスを加えて煮詰めたペーストをパイ生地で包んで揚げたものだ。屋台では手軽にテイクアウトでき、特にレストランで熱々の揚げたてにバニラアイスを添えて提供されるのが絶品だ。

 

ビールにこのレシピの要素を落とし込む際、副原料としてデーツとオレンジは必須だった。そして、スパイスは絶対に取り入れたいと考えていた。キュレーターの庄田さんと相談し、アニスシードは個性が強すぎるため、シナモンを味ではなく香り付けとして最後に加えることにした。

 

仕込みの時に使用した副原料、デーツシロップとオレンジピールとシナモン

 

ビールのスタイルはペールエールに決定。スパイスビールという選択肢もあったが、あえて変わり種ではなく日常に溶け込み、普段の食事にも合うビールを目指した。その結果、ペールエールの飲みやすさとスパイスビールの個性を掛け合わせたようなスタイルに。柑橘の爽やかな風味を活かしつつ、シナモンの香りがしっかりと感じられる、親しみやすさがありながらも飲みごたえのある一杯に仕上がった。

 

アラビアンナイト仕込み

レシピ開発において、デーツを使用するビールは珍しい。これこそが最終プレゼンで庄田さんから「デーツのビールは想像できない。でも、自分たち(ブルワー)では思いつかない副原料なので楽しみ」とフィードバックをもらった。このレシピは、マルタとのつながりがなければ思いつかなかったアイデアであり、私ならではのマルタから発想を広げたオリジナリティだった。

ちなみに、マルタではデーツは栽培されておらず、チュニジア、イラン、トルコなどから輸入されている。マルタで根付いたお菓子文化の一部として定着しているが、そのルーツは国外にある。このように、マルタの食文化には外から入ってきたものが根付き、形を変えながら生き続けている。このビールを通じて、こうした背景をより多くの人に感じてもらえたらと思う。

 

2.「自分の本をつくる方法」で得た学びと、長く読まれる本の理由

情報が古くなるガイドブックとどう向き合うか?

マルタのガイドブックは、2015年に受講した「自分の本をつくる方法」で学んだことが大いに生かされている。私が「マルタのガイドブックを作りたい」と考えていた当時、教授の深井さんは「ガイドブックは情報が古くなると使えなくなってしまう。でも、古くならない本にするにはどうすればいいか?」と問いかけた。

「自分の本をつくる方法」を受講した翌年、2016年の自由大学祭で深井さんと。のちのガイドブックの前身?24ページのマルタ・ミニガイドブックを手作りし販売。

 

深井さんが講義で教えてくれたのは、「店主の思い」を伝えることの重要性だった。「どういった気持ちでお店を作ったのか」「どんなこだわりを持っているのか」。これらは時代が変わっても価値が色褪せない情報だ。それをどのように取材し、引き出し、構成するのか。時代の変化に左右されない情報を伝え続けることで、長く読まれる本になるのではないか。私は深井さんからの教えをフル活用し、取材でマルタの人たちが語ってくれたことをどのように伝えればよいかを考え、一冊の本に仕上げていった。

 

「伝える」とは何かを考えた増補新版

今回の増補新版では、全編にわたって情報をアップデートした。初版から8年が経ち、残念ながら閉店した店舗も増えたため、新たな店舗情報を掲載し、内容を入れ替えた。さらに、コロナ禍を経て変化した営業時間やバスの乗り方、新たに整備されたフェリーの交通網なども反映している。

この改訂にあたり、自身がキュレーターを務めた講義「地域の魅力発信学」での学びが、自分の中に確かに根付いていることを実感した。ゲスト教授の講義は多くを学ぶ機会となり、特に、文筆家の甲斐みのりさんの教えから大きな影響を受けた。甲斐さんから「なくなってしまったお店や観光地も、そこにあった歴史まで消す必要はない。あった事実や歴史を伝えていくのもガイドブックの役割」と学んだことで、単なる観光情報の更新にとどまらず、その土地が歩んできた背景や文化の記録を残すことの大切さを意識するようになった。

 

丸善日本橋店にて、平積みで並ぶ増補新版

 

例えば、マルタには野良猫たちが生息し、地元の人々がボランティアで餌やりをしていた「キャットヴィレッジ」という場所があった。しかし、再開発のため撤去されてしまった。この場所は、人口より多いと言われる猫の島マルタを象徴し、奉仕の精神で猫を育てるマルタ人の優しさを示す重要な存在だった。出版社と相談し、この場所が撤去された事実を明記しながらも、地図から削除せずにその記録を残した。

時代が変わっても伝え続けるべきもの。
時代が変わって消えたとしても、記憶として残すべきもの。

今回の増補新版を作る中で、「伝える」とは何かを深く考えさせられ、私自身の学びもさらに醸成されたように思う。

 

マルタ観光局が当地観光業の振興に貢献した世界のジャーナリストを表彰する MTA Malta Tourism Press Awards 2018 デジタルメディア部門で3位受賞。取材協力の谷口政弘さんと、首都ヴァレッタでの表彰式に出席。

 

3.自由大学の学びが、人生を動かす

自由大学の講義は、単なるスキル習得の場ではなく、「実践」や「問い」を通じて学びを形にする場だ。「クラフトビール醸造学」では、ビールが市場に出るまでの流れやコンセプトづくりにおけるストーリーの重要性を体感し、「自分の本をつくる方法」では、長く読まれる書籍の本質を学んだ。

私自身、『アラビアンナイト』と『まるごとマルタのガイドブック』という二つの成果を通じて、学びが実を結ぶ喜びを体験した。これからも、自由大学のメールマガジンによく登場する「ピンときたらGOだよね」という言葉のとおり、これは!と思う自分の心が動いたものには躊躇なく飛び込み、新たな挑戦を続けていきたい。

自由大学のメルマガで「クラフトビール醸造学」が新講義として開講されると知った、そのときのことを思い出した。久々に、心が震えた。
新しいことや場所へ飛び込む情熱、何かを生み出し作り上げるクリエイティビティ。年齢を重ねるごとに、それらが少しずつ萎んでいくのを感じ始めていた矢先だった。その時感じた心の震えと直感のピン!はまだ衰えていなかった。

「私にできるのかな?今さら学んでどうなる?時間やお金が無駄にならないかな?」9年前の自分も同じ想いを抱いていた。でも、もし行動しなければ、「あのとき受講していれば、何か変わったかも?」と後悔を抱えていたかもしれない。

「自分の本をつくる方法」を受講したのは40歳のとき。「クラフトビール醸造学」の受講を終え50歳となった今、新たに情熱を注げるものが、また一つ見つかった。

ピンときたら迷わずGO。走りながら考えればいい。その走りは、10年前よりもスピードが落ちているかもしれない。だからこそ、ゆっくり横道を眺めながら走れる余裕や、気付きを得る知恵もある。今だからできるペースで、進み続けながら学びと探究心を深めていく。そこから生まれるものが、これからの自分をつくっていくのだから。

TEXT:林 花代子さん

 

▼関連情報
「クラフトビール醸造学」
https://freedom-univ.com/lecture/craft_beer.html/

「自分の本をつくる方法」
https://freedom-univ.com/lecture/ownbook.html/

CRAFT BANKビール 『アラビアンナイト』販売情報
※近日お知らせします

亜紀書房『【増補新版】まるごとマルタのガイドブック 』
https://www.amazon.co.jp/dp/4750518646

フリユニブログ:好きが高じて独立し、初めての著書『まるごとマルタのガイドブック』を出版https://freedom-univ.com/blog/2017_1024/

フリユニブログ:【卒業生NEWS】林 花代子さん『新版 まるごとマルタのガイドブック』を出版
https://freedom-univ.com/blog/201904051/



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