「いつか本を書いてみたい。」
「長年続けてきた仕事や活動を、一冊の形にまとめたい。」
「自分の経験や専門性を、誰かの役に立つ形で社会に残したい。」
そんな思いを抱えながらも、「自分なんかに書けるのだろうか」「何から始めればいいのかわからない」と立ち止まっている人は少なくありません。
自由大学「自分の本をつくる方法」は、単なる出版ノウハウを学ぶ講義ではありません。本を書くことを通して、自分の人生のテーマを見つけ、その問いを社会へと開いていく講義です。
開講以来、16年。卒業生は700人を超え、その中から商業出版デビューはもちろん、数十万部を超えるベストセラーや、本を起点に新しい仕事・活動を立ち上げた人たちが生まれてきました。
SNSで誰もが発信できる時代だからこそ、あえて時間をかけて「一冊の本」をつくる意味とは何か。なぜ本を書くことが、人生やキャリアを大きく動かすきっかけになるのか。
講義立ち上げの背景から、商業出版へ至るプロセス、そして受講メンバーが「著者」として殻を破る瞬間まで、教授の深井次郎さんにお話を聞きました。
なぜ「自分の本をつくる方法」という講義を始めたのですか?
深井:
ぼく自身のスイッチが入ったのは、17歳の頃。大企業の中間管理職だった父親がリストラにあい、単純に驚いたんですね。一級建築士の国家資格があって最大手の企業に就職しても倒産したら路頭に迷う。良い学校、良い会社、の先に自動的に幸せがあるわけではないのかと。人生というゲームの仕組みをぼくは知らなすぎると自覚したんです。
とたんに受験勉強もバカらしくなって、「これからどう生きていけばいいんだ」と暗いトンネルの中にいた時期がありました。その頃から、古本屋に通い詰めて数千冊の本をむさぼるように読んだことで、「人生はそう怖いものではないかもしれない」と思えるようになったんです。本に救われたんですよね。
その後、会社員をしながら23歳でメルマガを書き始め、それが話題になり数社からオファーを受けて25歳で大和書房さんから商業出版したのが最初です。その経験を通して強く感じたのは、「自分の本を考えることは、自分が何者かを考えること」だということです。
自由大学に参画し始めた頃、世の中には、自分の経験や専門性を活かして誰かの役に立ちたいと思いながら、その方法がわからず燻っている人たちがたくさんいました。そんな人たちが、自分の頭の中にある原石を一冊の本という形に編み上げることで、自分自身の軸が固まり、新しい仕事や出会いが生まれていく。
ぼくは、本にはそういう力があると思っています。だからこの講義は、「出版する方法」を教えるだけでなく、「自分は何を社会に手渡したいのか」を考える場として始まりました。
他の出版講座との違いは何でしょうか?
深井:
「どうすれば企画が通るか」「どうすれば売れるか」という話ももちろん大切なのですが、でも、その前に考えなければならないことがある。それはあなたが「この人生で何がしたいのか」ということです。
市場のニーズを分析することは、本づくりに欠かせません。でも、その軸が自分の中になければ、流行や他人の期待に振り回されてしまう。
だからこの講義では、目先の「売れる」を狙うよりも先に、「長期的な人生の作戦」を立てることを大切にしています。
市場に合わせて企画を作るのではなく、まず自分が何をしたいのかが起点。自分の中にある「自分にしか書けない問い」を見つけ、それをどう社会へ開いていくか。その根っこを育てることが、この講義の核にあります。
16年間たくさんの受講生を見てきて、「出版できる人」と「できない人」の違いは何だと思いますか?
深井:
意外かもしれませんが、文章力でも肩書きでもありません。「両方ない」と自称しているメンバーがヒットを出しておりますし(笑)
良い本を生み出せるのは、「うまく書ける人」ではなく、「独自のメッセージや感性を持っている人」です。
実際、この講義から商業出版した人たちも、普通の会社員だったり、学生だったり、一人の愛好家だったりしました。違いがあるとすれば、「自分は何を問い続けてきたのか」と向き合い続けられるかどうか。そして、そのテーマを独り占めするのではなく、「誰かの役に立つ形で社会へ届けたい」と思えるかどうかだと思います。
講義では、実際にはどんなことをやるのでしょうか?
深井:
出版の基礎と同時に、まずは、自分の人生や活動を棚卸しするところから始めます。「どんな経験をしてきたか」という履歴書ではなく、「何に心が動いてきたか」「何に時間を使い続けてきたか」を掘り下げていくんです。
そこから、自分だけのテーマを見つけ、類書を分析し、企画を磨き、最後の課題は企画書の目次まで組み立てていきます。そして、その企画をどう出版社に届けるのか、誰でもいいわけではない相性の合う編集者をどう見極め、どう出会うのかという実践的な部分まで扱います。
講義が終わる頃には、受講生それぞれが、「自分ならではの一冊」の設計図を手にしている状態を目指しています。あとは、具体的に提案するだけ。第一希望が通らなくても、次があります。
時代が変わる中で、受講メンバーたちの熱量はどこへ向かっているのでしょうか?
深井:
「本を出したい」という思いそのものが、以前よりもずっと純度の高いものになっていると感じます。
SNSがあるし、AIも駆使すれば、発信だけなら誰でも楽にできる。でも、あえて時間も労力もかかる一冊の本を目指す人たちは、「自分が積み重ねてきた活動や専門知識を、一過性の情報ではなく、社会に残る形で手渡したい」という貢献欲を持っています。
扱うテーマも、本当に多種多様です。トレンドではなく、「自分はこのテーマを探究していくんだ」という覚悟を持った人が増えている印象があります。
印象に残っている受講生のエピソードはありますか?
深井:
たくさんありますが、第2期を受講した遠見才希子さんは、受講当時はまだ大学院生でした。中高生向けの性教育活動をしていて、「この活動をどう本という形にすれば社会へ届けられるのか」を一緒に考えました。
修了後に『ひとりじゃない』で商業出版デビューし、その後も本を書き続け、今ではその分野を代表する存在として活躍しています。
また、お城が好きという純粋な情熱から城郭ライターとして、会社を辞めて独立し活躍し続けている萩原さちこさんもそうです。
受講した時点では、一人の学生、一人の会社員だった人たちが、自分だけのテーマを掘り当て、それを一冊の本をきっかけに社会へ開いていく。その変化をたくさん見てきました。
メンバーが「著者」として殻を破る瞬間は、どんな時ですか?
深井:
「自分のため」に書くことから、「まだ見ぬ誰かのため」に書くことへ視点が切り替わった時ですね。
最初はどうしても、「自分は何を書きたいんだろう」「どう見られるんだろう」と、自分のことばかり考えてしまいます。できれば、自分の仕事のPRになればいいとかですね。
でもある時、自分が通り抜けてきた苦しみや、夢中で積み重ねてきた探究が、「今、同じ場所で立ち止まっている誰かの役に立つかもしれない」と気づく瞬間がある。
その瞬間から、文章は単なる自己表現ではなく、社会へ向けて差し出すものに変わります。企画の強度も、言葉の熱量も、驚くほど変わるんです。
SNS全盛の今、あえて「一冊の本」にする価値とは?
深井:
SNSの投稿は流れていきますが、本は残ります。本は、その人の思想や経験を蓄積した「教典」のようなものです。
この講義でやるのは、自分の経験や知識を、一冊の構造へと編み上げていく作業です。それは、自分の活動やビジネスを整理し、体系化することでもあります。
一冊を書き切るプロセスを通じて、自分が何を大切にしていて、何を伝えたい人なのか、その骨組みが驚くほど明確になる。その軸は、本を書く場面だけでなく、新しい仕事やプロジェクトを立ち上げる時にも、必ず力になります。
さらに、この講義には卒業メンバーたちのコミュニティがあります。新刊の応援、企画書の相談、編集者や出版社の情報交換など、一人では越えられない壁を仲間と一緒に越えていける文化が育っています。先輩たちがいるって、心強いですよ。
講義が終わってからも、一人で立ち止まらないようにしています。書くのはやっぱりしんどいことも多いし、時にプレッシャーもかかるので。
最初の一歩を迷っている未来の著者たちへ
深井:
出版には、才能よりも先に「覚悟」が必要です。ペーパーレス化のこの時代に、紙で刷る。刷ったらもう修正は効きません。本当に、そこまでしてこれを伝えたいのか。残す価値がある言葉なのか。推敲していく過程で、自問自答し、その緊張感の中で学びが深まります。
誰に頼まれたわけでもないのに、「いつか本を書いてみたい」と何年も考え続けている。その小さな違和感や情熱こそが、あなたの人生のテーマなのかもしれません。
この16年で見てきたのは、一人ひとりが、自分の中にある原石を掘り当て、一冊の本をきっかけに人生を動かしていく姿でした。
本を書くことは、自分が歩いてきた道を振り返り、これからどこへ向かうのかを考え、その答えを社会に手渡していく営みです。
もし、その問いを一人で抱え続けているのなら、一度、この場所で同じように自分のテーマと向き合おうとしている仲間たちと机を囲んでみませんか。
出版って時間はかかりますが、社会に差し出せた時の達成感もひとしお。大きく成長するし、これからの人生の生き甲斐のひとつとして、打ち込んでみてほしいです。

