講義レポート

築いたものを手放す選択

教授コラム 小さな教室をひらく 廣瀬祐子

小さな教室をひらく【オンライン】廣瀬祐子

本当は手放してしまった方が良いコトやモノ。実はあなたにもあるんじゃないかな。

5年くらい前から、自分が創立して長年手塩にかけて育んできた協会を解散しようと考えていた。もともと解散自体は設立時に計画していたこともあって、ためらいや残念という思いはなかった。

しかし後輩たちからの「協会を守りたい! 技術を引き継いでいきたい」という予想外の言葉にちょっと感動してしまい、いとも簡単に解散することをやめて、後輩にバトンを渡した。結果、彼らの手で社会の大きな変化に対応した組織の再編成を行うことになったよう。自分にはできなかったことが、本質を変えずに次の世代へと受け継がれる、何よりな話である。

センスがある人は、数年で協会ビジネスを軌道に乗せることができる人が多い。力を持っているにもかかわらず控えめであったり、妙に慎重であったりするとなかなか芽が出ないといわれるクラフトや手作りの世界。もともと私はその環境を変えたくて専門校と協会を設立した。学んだ証としての「資格」や「協会」というブランドを大いに活用し、最短で欲しい形を手に入れてもらえればよいと考えていた。

また、自宅の一室から生まれる手仕事や教室作りという仕事が、社会へとつながる女性のための足がかりとなることを強く望んでいた。協会という組織を作ることで女性が活躍できる世界が広がると信じて前に進んでいた時代。それは潮流にのりクラフトや手作りをする人の多くの夢を形にしてきた成果でもある。

さて、私たちのいるクラフトや手作りの世界は、これからどう変化してゆくのだろう。ネットやアプリの普及によって社会の構造が明らかに変わり、「個性」を圧倒的にする優位な条件を簡単に手に入れることができる。これなら小さな資本で打ち出すこともできる。

さらに「個性」が新しいものを生み出す力となる。これからの時代に必要とされるならば、企業は「個性」に寄り添い、あらゆるアイディア・意見・情熱に対してオープンかつ柔軟な姿勢を示してくるだろう。

「皆と同じ」や「人もやっているから」に安堵するのではなく、個性や価値観を見いだしてアイディアを上乗せして自分が生きやすい世界を作ることが、今よりもっと可能になる。いずれ「個性的だから」「他にないから」「圧倒的だから」ではなく、単に「若いから」「経験がないから」「動けない年になってきたから」という言い訳が武器になって、さらに自分よりにシフトする時代になるのだろう。

最近の自分も、よく言い訳を思いつく。ちょっと病気になって家族の寄り添い方が実は一番気持ちよいってことに気が付いたり、これからの時間は母と共に過ごす時間を数えるようになったり、自分の関心ある人と仕事をしようと選択したり。軸や本質は変わらないけれど、あの頃より自分寄りにシフトしている。

こんな生き方を大切にしたいと変化している自分にとって、組織や肩書が意味をなさなくなってきたのかもしれない。そう考えるようになった自分が協会の活動を続けることに違和感が生じ、創立者の肩書が「必要のない物」というより「少し邪魔なもの」に変わっていた。本質的なことは変わらないが、大切にするものが変われば、築いてきたものを手放したり壊したりする必要がある。 

 

TEXT:「小さな教室をひらく」教授  廣瀬祐子

 



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