講義レポート

路上から北欧まで。絵で好きな世界を伝えたい(後編)

卒業生の活躍ーナシエさん(イラストレーター /『北欧が好き!』著者)

前半のレポートのつづきから。2015年の始めに「本を出す」という目標を立てて、ギリギリで叶えたというナシエさん。企画を出版社に持ち込んで、大好きは北欧を紹介した「北欧が好き!」を出版した経緯を伺いました。前半のストーリーはこちら。

聞き手:深井次郎 (自分の本をつくる方法教授 / オーディナリー発行人 / 文筆家)

北欧本ができるまで
いざ、企画書もって出版社へ

深井 初めての本、これは北欧の旅についてですが、どんな経緯かお聞きします。本にも書いてありましたが、北欧に惹かれた最初のきっかけは写真でしたね。

ナシエ そう、フィンランドの湖と森の写真を見たことがきっかけ。なんて神秘的なんだろうって心を奪われてしまって、それからまずフィンランドについて調べ始めました。森や湖だけではなく、文化や歴史、ライフスタイルをいろいろ知りたくて。それから北欧旅行にも行って、北欧全般に興味をもつようになりました。

深井 この企画は依頼されたのですか、持ち込みですか。どうやって版元のダイヤモンド・ビッグ社に出会いましたか。

ナシエ 持ち込みました。イラストの仕事でたまたまダイヤモンド社の仕事をしていたんですが、その本の社内デザイナーの方が私の個展に来てくれたのがご縁でした。たまたまその人がフィンランド好きの人で、系列会社「地球の歩き方」シリーズで出しているフィンランドの本をくださったんです。その頃は北欧ブーム前で、フィンランド単体で出してる出版社ってほぼなかったので、頂いた時はテンションが上がりました。フィンランドのデザインの魅力を全面に出した本で、この出版社、わかってるやん!って。何目線だって話ですけど(笑)。それがきっかけです。「地球の歩き方」を出しているダイヤモンド・ビック社から出したいと思い、コンタクトを取りました。

深井 本は提案した当初のイメージ通りに仕上がりましたか?

ナシエ  絵とかデザインの上でも100%思った通りにできています。編集さん、デザイナーさん、印刷会社の方に感謝感謝です! 中のページの素材(紙質)まで考えが及びませんでしたが、合うもの選んでくださって、ぴったりで。「こういうのを作りたい! 」と頭の中でずっと描いてた通りにできて、とても満足しています。絵は本当に何も言われなかったので、自由にのびのびとやりたいように描けました。

深井 どういうプロセスですすめましたか、企画が出版会議で通って、そのあとはまずネーム(ストーリーの下書き、ラフ画)でしょうか。

ナシエ  ネームは内容が大変で、編集者のOKが出るまでストーリー構成をしなくちゃいけないでしょう。ふだんイラストは描いても文章は書かないから、絵は描けるのに何で!? と、はがゆくて。イラストレーターとしては、仕事が速い方だけれど、最初の本なので勝手もわからず、無駄な手間ひまがたくさんあったと思います。スケジュールが全然押してました。

最初はイラストの本もいいかなと思ったけれど、漫画にすれば、情景が伝わりやすいなぁと思い、挑戦してみました。時間の流れや、旅をしている時の気持ちも一緒に知ってもらうには、漫画の方がより伝わると思ったんです。

深井  旅ガイドだと情報の検証とか、写真を集めるとか、全部自分でやったんですか。

ナシエ  ひと仕事でした。過去の旅の写真や記録を掘り起こして整理して… すごく大変でした。制作期間は他の仕事をすべてストップして、本当にこれ一本に集中して取り組みました。仕上がってみると、旅ガイドとして実用的な情報に加え、漫画風のストーリーもありつつ、ページページを1つのイラストとして成立させようという欲張りなことをしていたんだなってわかりました。

深井 初めての本ですから、気合いと思い入れは相当ですよね。1冊目は人生で1回しかないし。実際に本屋に平積みになったのを見てどうですか。

 

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『北欧が好き! フィンランド・スウェーデン・デンマーク・ノルウェーのすてきな町めぐり』(地球の歩き方コミックエッセイ)。村上春樹、椎名誠など旅好き作家たちと並んで平積みに

ナシエ  イラストレーターとして初めて掲載された雑誌が本屋に並んだときの気持ちを思い出しました。その時はちょっとしたカットだったけど、嬉しくて、そばを通る人に「これ私が描いたんです」って言いたいくらいでした。この本が出て、その頃の初々しい気持ちが蘇りました。

深井 ぼくも初めての本のことは忘れられません。本屋に様子を見に行って、買ってほしいって陰からみているけど買わない。手に取る人はいて、「頼む、そのままレジに持っていってくれ」と念じるんだけど、また戻してしまうんですよ。ぼくの本を購入してくれた人は、1回だけ目撃できたことがあります。その人を本屋の出口までずっと見守っていたんですけど、感動とドキドキと、話しかけたくなる、へんな興奮がありました。書店をチェックして、平積みが減らないのを毎日みていて10冊が9冊になったのは一週間後でした。たったひとりに本を届けるのがこれほどに大変なことなのかと。でもそれを経験して、出版社に任せきりじゃなくて、著者自身が全力で広めるために動かなきゃと思った。

ナシエ 描き終えて終わりじゃないですよね。がんばろう。

深井 これだけ密度の高いものをつくった直後はぐったりで、何もしたくないって感じでしょうけど。

 

ひとつ目標がかなっても、描きたいことはたくさん
トーベ・ヤンソンが好き、アンデルセンが好き
北欧クリエイター作品に共通するものが好き!

深井 今後はどういう風に仕事を展開する計画がありますか。

ナシエ 北欧が好きなので、それは続けて行きたいです。とはいえ、日本には北欧の知識をたくさん持ったプロの方がいらっしゃいますし、私ごときが… と思いますが、イラストレーターである自分目線での北欧を自分なりに表現できたら嬉しいなと思っています。やっぱり絵を通じて楽しく人に伝えられることが私の一番の喜びなので。

深井 情報の新鮮さや詳しさでいえば、たとえば現地に住んでいる人とか研究者のほうが得意ですよね。でも、ナシエさんにはイラストと言葉という強みもあるし、教えることも上手だし、ナシエさんにしかできない役割があります。今回の本は、旅情報としても親切だと思いますが、北欧の表現者について触れているのも、クリエイターであるナシエさんの強みですね。旅好きだけでなく、クリエイターたちにも響く本になっているのではないでしょうか。

ナシエ 北欧好きな人みんなに見てもらいたいんですけど、ディープなファンだけではなく、「最近北欧って流行ってるけど、知らない」みたいな方にも興味をもってもらいたいと思っています。北欧は雑貨やデザイン、あとは自然がやはり魅力なんですが、その背景を探っていくと本当に楽しくて。歴史や地理的な背景、自然が豊かで厳しい場所だからこそ、インスパイヤされ、創作につながる。北欧の自然が好きだからこそ、北欧のクリエイターの作品に共通するものが好きというか。

自分もクリエイターなので、自分に重ねて、というとおこがましいですが、ジーンと深く感じれることも多くて。クリエイターの生き方、表現もクローズアップしているのはそのためなんです。例えばデンマークなら、私はアンデルセンが好きで、彼の紆余曲折な人生は、個人的にも思い入れがあって、すごく重ねていましたね。まだまだ描くことはたくさんあります。簡潔で読みやすくして、いろんな事をみなさんにお届けできたらと思っています。

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フィンランドの湖。ナシエさん撮影

深井 まさに「北欧が好き!」。直球のタイトルどおり、好きな気持ちが伝わってきます。好きなことがあって、それを大声で「好き!」って言えるのは幸せなこと。いちおう仕事はしていても自分は何が好きなのかわからない、夢中になれるものを見つけたいという声もよく聞きますから。好きなことで本を出したナシエさんの生き方に共感したり、憧れる人は多いと思います。そこまで北欧が好きになった理由はなんですか。

ナシエ ひと口では言えませんが、まずはフィンランドですね。昔からトーベ・ヤンソンの絵が好きでした。かわいいだけじゃなくて、光と影があり、人の心の深い部分を感じるというか。子どもが見たら少し怖くミステリアスだと思いますよね。北欧のデザインは、地味で簡素でシンプルであっても、そこに至るまでに深い考察があり、研ぎ澄まされているんです。洗練というのはこういうことだと思います。

他国に支配されてきた歴史的背景、アイデンティティが抑圧されている国の人は表現に抜きんでてくるものなのでしょうか。万博でデザイン大国として世界で一躍認められたのは比較的最近のことですが、それだけに国策として表現に重きを置いている。医者をやめてクリエイターになる人もいるし、アーティストが尊敬される凄い国。

芸術家だけじゃなく、自分たちのライフスタイルをみんなが大事にしている。夏なんて2か月も電気もないようなサマーハウスで暮らして、自然と向き合ったりするんです。東京にいたら忙しくて忘れそうになりますよね…。

厳しいけれど圧倒的な自然も力がありますね。北欧の芸術はフィヨルドとか森なくてしてありえない、自然ありきでモノづくりをしているところも魅力的です。みんな自国のものを愛していて、何年も代々大事に実際に使っているし、伝統に重きをおいてるのも感じます。

知れば知るほどのめりこんでしまいますね。これからも好きになるスパイラルが続いていくんでしょう。スウェーデンの伝統工芸品のダーラナホースのワークショップも行っていて、ホームページのアクセス数もすごく、いろんな場所でさせて頂いていてとても嬉しいです。壁にぶつかることもあると思いますが、これからもひとつひとつ目標をクリアしながら、頑張っていきます!

深井 好きなことを話しているときに、人はもっとも輝きます。そして、まわりの人にもそれを伝播させる。良いふうにころがっていきますよ。聞いてるみんな(編集部)も、ますます北欧、掘り下げたくなってきてるんじゃないかな。やっぱり、好きなことをやっている人と話すと、そのエネルギーに感化されて、ぼくも自分のテーマをちゃんとやらなきゃ、って気になります。また何か、いっしょにコラボしましょうね。

構成と文 : モトカワマリコ( オーディナリー /タコショウカイ
取材日 : 2015.12.12
出典:ORDINALY 自由に生きるための道具箱



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