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新しい価値観をつくりながら生きていく。「働くことは生きること」を実践するために大切な2つのこと

FLY_59|海野千尋さん/「生き方デザイン学」「ネオ・ファミリースタイル学」キュレーター

NPO法人やwebマガジン、自由大学のキュレーターなど、様々なフィールドで自分を活かす働き方をしている海野千尋さん。現在、二足の草鞋ならぬ四足の草鞋を履いていらっしゃいます。なぜパラレルキャリアを実践されているのでしょうか。お話を伺っていくと、自分の心にきちんと耳を傾け、今の自分に合わないものを手放すことや壊すことをいとわない海野さんの原点が見えてきました。


-「新しい働き方・これからの生き方」を自分自身が体現して行こうと決めたということですが、そのきっかけはなんだったのでしょうか。

大前提ではあるのですが、私は働くことが好きなんですね。働くことは生きることに直結しているし、直結させたいと思って生きてきたのですが、ITベンチャー企業で働いていたときに働きすぎてバーンアウトしてしまったんです。ガツガツ働くことが好きで働いていたのですが、いろいろ背負い過ぎてしまって。どんなに好きな仕事でも、程度を超えると自分の体が壊れるんだということにびっくりしました。入院することになり、働くことを一旦強制終了せざるを得なくなり、「働くことは生きること」という考えがあやふやになってしまったんです。

ちょうどそのタイミングで東日本大震災が起こり、「本当に死んじゃうかも」という体験をして、そのときに「働くことは生きることに本当に直結するのかしら?」という疑問が出てきたんです。リアルタイムのテレビの映像で震災の惨状を目の当たりにして言葉も出なかったのですが「当たり前にある現実は突然破壊されてしまう」と思い、働く以前にまずはどうやって生きて行こうかを今一度考え始めました。

自分に何ができるだろうと考え、すぐに被災地に飛んで何かできることをやりたいと思ったのですが、あの当時はいろいろな情報が錯綜していて、被災地に行ける人も制限されていたので行くことを思いとどまり東京で物資のボランティアをしていました。震災から数ヵ月後に、なぜ東京と東北では震災に関する考え方に温度差があるのか、ということを考える場に参加する機会がありました。そこは東京や東北で生活をしている人たちがそれぞれの思いをみんなで共有し、被災地に対してどういうアクションができるかを導き出すような場でした。その場の主催であった東北芸術工科大学の宮本武典教授から「東京で生きるあなたは、震災にどう関わっていくのですか? 現在いる場所でできることを自分なりに考えていかないといけないですよ」と言われたことが強く印象に残りました。

その後すぐに、東北芸術工科大学の有志のボランティアの方々と一緒に宮城県の沿岸部に行きました。そこではじめて被災地の現実に直面したのですが、今でもあの状況を思い出すと、背筋を伸ばさなきゃなと思うんです。何度でも立ち返ってしまうというか、奮い立たされる感じがしますね。「圧倒的な力の前でこの無力な私に何ができるんだろう?」というのがいつも思いの原点にあります。

 

-働くことをやめたことや、東日本大震災というきっかけがあって、具体的にどのような生き方にシフトをしていったのでしょうか。

20代の頃は、「ずっとこの仕事をやり続けていいのかな?」という思いがずっとループしているような感じで常にモヤモヤしていたのですが、自由大学の「生き方デザイン学」に出会って実はその答えが見つかったんです。

震災前に私は2社の中小企業を経験しているのですが、そこでいきいきと働いている女性社員の先輩方が妊娠や結婚で仕事を辞めたり、もしくは20代のうち にもっと働きやすい会社に転職していく状況をたくさん見ました。だから仕事を続けるには、女性としての人生を諦めないといけないというイメージを持っていたんです。そんなときに、「生き方デザイン学」の講義で、それは個人の課題ではなくて社会の課題なのだと知ったのです。女性の67割の方が出産で会社を辞め、その割合は大企業よりも中小企業のほうが高いという現状があります。それは日本で働いている女性の共通の課題だと気づかせてくれたのが、「生き方デザイン学」の教授が代表理事をしているNPO法人ArrowArrow(以下、ArrowArrow)でした。そこではじめて自分のモヤモヤの原因と課題がわかりました。

講義について、いきいきと楽しそうにお話してくれる海野さん。「キュレーターとして講義に参加していると、『あ、過去の自分がいる!』と思うときがあります」(海野さん)

ArrowArrowは、中小企業で働く女性が働き続けるためのコンサルティングサービスを行う団体なのですが、この団体にもし私の先輩が出会っていたらおそらく会社を辞めていなかったし、私も辞めていなかったかもしれないと思ったら、いても立ってもいられなくて、「私、この団体に参加します!」と勝手に名乗りをあげたんです(笑)。代表理事からは断られたのですが、「食いぶちは自分で稼ぐので、やらせてください!」と言ってArrowArrowに入りました。震災以降、自分の中に複数の軸を持って仕事をしていきたいとずっと考えていたのですが、ArrowArrowと自分が元々やっていたライティングや編集の仕事を同時並行でやり始めたのが2013年でした。

 

-自分が体現したい生き方に近づいて行きましたか?

そうですね。複数の場所(仕事)を持とうと考えたのは、自由大学の講義「ナリワイをつくる」の教授である伊藤洋志さんの本を読んだことがきっかけでした。たとえば1ヶ月に30万円の収入を得る場合、ひとつの仕事で30万円の収入を得るのか、6万円の仕事を5個つくることで収入を得るのか。同じ30万円の収入を得るとしても、複数の場所で自分のスキルや役割を担いながらやっていく働き方って面白いよね、と提言している本でとても共感したんです。

震災を経験して、ひとつの仕事に固執し過ぎると、何かが起こって自分が動きたいと思ったときにすぐに動けなくなってしまうなと感じたので、複数の仕事のバランスを保ちながら働くことが自分にとっては大事だなと思っていました。ですので、複数の仕事をすることで、やりたい生き方、働き方に近づけているなという実感はありました。

 

-現在、3つの場所で働いていらっしゃるんですよね?

正確に言うと現在は、自由大学のキュレーター、ArrowArrow2枚目の名刺Webマガジンの編集、PLART STORYというWebマガジンの編集・ライターという4つの仕事をしています。最近、パラレルキャリアという言葉をよく耳にしますが、パラレルキャリアは個人にとってメリットがあるように思われがちですが、実はパラレルキャリアを受け入れている組織にもメリットがあるんですよ。それは2枚目の名刺Webマガジンで、パラレルキャリアを実践している企業や人を追いかけて取材をしたことで明確になってきたことです。

 

-女性が働きやすい社会と複数の場所で自分を活かすということが、海野さんにとって大きな2つの軸となっているのですね。

確かにそうですね。「働くことは生きること」という考えが一度は揺らいだ時期もあったのですが、今もう一度そこに戻ってきている感じがします。今、働くことがすごく楽しいんですよね。どの仕事も手放したくないなと思っていて。「女性」と「働く」というキーワードは、自分が働き続けたいからこそ持っていたいテーマです。

 

-自由大学で「生き方デザイン学」に出会ったことが人生の転機となった海野さんですが、「ネオ・ファミリースタイル学」という講義に携わることになった経緯はどのようなものでしょうか。

小学校の頃に、「家族って何だろう?」と思ったことがありました。当時、父親と別々の生活をしていたり、私だけが家族と離れて暮らしていた時期もあったりしたので、「寝食を共にしない人たちと何によって結ばれているんだろう?」と疑問に思ったのです。サザエさんのような家族の風景はうちにはなくて、でも外部からは家族として見られる違和感のようなものがあって。家族や結婚に対して夢や希望が全くない、とも思っていました。ただ、女性の働き方を取り巻く環境にモヤモヤしていたり、「本当に家族をつくらなくて良いのかな?」という疑問に答えを出せていない自分もいました。

「生き方デザイン学」の講義で、生き方を自分でデザインしていいのだということを学んだ後NPO団体で働き始め、そこで社会課題を解決するさまざまな人たちに出会う中で、「家族の在りかたもデザインしていいのではないか」と気づいたのです。周囲の友人たちが結婚・出産ラッシュを迎えていた時期でもあったのですが、その中で自分が何を選択するのかということを自分で決めないといけない、という境地に辿りつけたのはすごく大きくて。そのときから家族の形態について調べはじめました。

リサーチしていくといろいろな気づきがあって、たとえば私が調べたコレクティブハウスでは、20代から60代までの人たちがそれぞれの部屋を構えながら、一緒の暮らしをしています。家族の世帯もいれば、独身の男性や60代の女性もいます。シェアハウスとは違い、それぞれの部屋に独立した浴室やキッチンがあるのですが、共有スペースでみんなでご飯を食べたり、コミュニケーションを取ったりしながら、村みたいな生き方をしようという場所なんです。血縁がなくても家族のように暮らしている人たちがいることを知ったのも大きな気づきでした。

またLGBTのカップルだと、お母さんが2人いて子どもが3人いるというスタイルもありますし。そんな風に「家族はその家族ごとそれぞれのスタイルがあって、誰に定義されるでもなく自分で自分の家族の定義を決めていいんだ」と思ったのが「ネオ・ファミリースタイル学」の原点です。この講義は、自分が抱えてきた20年来のモヤモヤを打ち消すためのひとつのツールでもありました。もし同じモヤモヤを抱えている人がいたら、この講義のなかで一緒に一歩前に進めるといいなと思っています。

 

海野さんご自身が描いた「ネオ・ファミリースタイル学」の講義のグラフィックレコーディング。講義後に、参加者の声や伝えたかったことをまとめて、参加者へフィードバックしているそう。

 

-今後のビジョンはありますか?

自由大学でのキュレーターも仕事も、今、私が携わっていることの共通点は、「新しい価値観をつくること」なんですね。「今はないけど、あったらいいよね」というものをつくりたい、そのつくる場にいたいなと思っています。だから、今携わっている4つの仕事も何らかの形に変わっていくかもしれないですし、何かを手放すかもしれないのですが、おそらく「新しい価値観をつくる」という根幹は変わらずに、いろいろなことをやっていくのだろうなと思っています。

 

-新しい働き方・生き方を模索している海野さんにとって、「自由」とはなんでしょうか。

新しい価値観をつくることは、「自由」につながることだと思っています。新しい価値観をつくるときには、既存の固定観念やルール、制限などを一度壊す必要があるんですよね。だから何かを壊して新しいものをつくろうとするその気持ちや行動は、「自由」だなと思いますし、私はそういう風にありたいなと思っています。


プロフィール 

海野千尋(うんの・ちひろ)

2枚目の名刺Webマガジン」編集者/NPO法人ArrowArrowメンバー/PLART STORY編集・ライター/「働くこと」に関する編集・ライター

広告代理店/編集プロダクション、ITベンチャー企業とメディア業界の中を渡り伝えたいことをメディアでどのように伝えていくことができるかを経験。東日本大震災をきっかけに自分の生き方を再定義し「#新しい働き方・これからの生き方」を自分自身が体現していくことを決める。現在は4つの場所で新しい働き方やこれからの生き方を耕し中。ライフイベントと働くを考える「生き方デザイン学」、家族の未来をサーチする「ネオ・ファミリースタイル学」キュレーター。自身も既婚で一児の母。1981年静岡生まれ。

担当講義:「生き方デザイン学」、「ネオ・ファミリースタイル学

    取材と文:熊谷ゆい子(ORDINARY)、撮影:武谷朋子



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