講義レポート

語るに足るささやかな知見

自分の本をつくる方法・Lecture Planning学 教授コラム

「面白いじゃないですか、その話、本になるんじゃないですか」
絶対にこの人は本を書くべき、と強く推したい人に限って「いえいえ、自分なんて」とおっしゃるケースがあります。はじめの頃は「謙遜なのかな」と思っていましたが、どうやら本音で過小評価しているらしい、ということがだんだんわかってきました。15年間、出版や教育機関に関わってきて、謙虚な原石にたくさん出会ってきた今は「ああ、また“価値のドップラー効果”だな」と驚きもしなくなりました。ドップラー効果って、救急車が近づいてくるときと遠ざかっていくときで音が変わる、あの現象ですね。

人生でも同じ。通過したものは、必ず変容するんです。手に入れる前と後では、本人にとって価値が変わってしまう。例えば、あんなに憧れていた賞が、手に入れた以降はたいしたものに見えなくなってしまったことはありませんか。世界一周したら… 憧れのペットを飼ったら… 憧れの国に住んだら… 収入が3倍になったら… 独立して社長になったら… とか、いざ通過してみたら、音が変わり「たいして変わらないな」「騒ぐほどのものでもないな」と落ち着いてしまいます。結婚したら、家を建てたら、大きく人生変わるはず。一人ぼっちの時代に、「パートナーさえいれば」と強く願った人が、あの頃あんなに憧れた環境に今いるのに、「別に普通じゃないか」と。そういう経験は誰しもあるはずです。

本の内容として、何がお金を出すに値する価値があるのか。何が教えるに値するのか。これらは本人ひとりのフィルターだけでは客観的に見れないことが多いんです。あなたにとっては普通でも、まだそれを通過する前の人たちとっては、音の聞こえ方、大きさが違うから。あなたにとって当たり前のことが、他人にとっては喉から手が出るほど知りたいことだったりすることもあります。

本を書く人は、人と違う生き方をしてきた人が多いものです。みなさん「わたしはただ、競争から降りただけです」とおっしゃいますが、「違うこと」は大変なことでしょう。「同じ」だったら、特に理由も聞かれないことを、「違う」といちいち理由を説明をし、反対者を納得させなければなりません。「今までと同じです」といえば、上司の決裁は必要ないですが、「例年と変えます」といえば、「なぜなのかきちんと説明を」「役員会で稟議書を」と面倒なことになります。大学4年生が「就活をする」といえば、頑張ってと言われるだけですが、「就活はしない」といえば、なぜ、どうしたの、何をするの? と親や友人、出会う人にいちいち説明しなければなりません。違うってめんどくさい。

だからこそ「わざわざどうして?」に答える過程で、自分なりの考えを整理する必要に迫られ、哲学ができていきます。みんなが楽な方を選ぶのに、なぜわざわざリスクのある方を選んだのか。100人いたら99人がとるだろう道を取らずに、わざわざ違う道を取っちゃった人は、自分の哲学を言語化せざるをえないんです。
有名人や社会的成功者である必要は、全然ありません。何者でもない、自分自身を極めた人が面白い本を世に出すのです。

Text : 教授 深井次郎

《担当講義》

自分の本をつくる方法

Lecture Planning学



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