講義レポート

なぜ文筆家は逆説を唱えるのか

自分の本をつくる方法 教授コラム 深井次郎

ピンチの時に「むしろチャンスだ」と言ったり、「短所こそがキミの強みになる」と励ましたり。本屋を回遊していると、さまざまな逆説が溢れていて、脳と心が揺さぶられます。

「好きを仕事にすべき」という本の隣で「いや、そんなのは自己満足。ニーズに応えないと商売にならない」と主張しています。「結局、どちらを信じればいいの…」若者は混乱しがちですが、いい感じに年を重ねればもう振り回されることもなく、本たちのにぎやかな主張を楽しんでいるもの。

5000年も前に本が誕生し、物書きという仕事が世界に広がっていきましたが、なぜ、この職業が存在し続けているのか。ときどき、考えるようにしています。文筆家の役割のひとつが、「読者の視野を広げること」。それは、だいたいこんなプロセスをたどります。

(1)正論Aしかない
(2)いやいや逆にBもあるじゃないか
(3)ABどちらも良いよね(第3の選択肢Cもあるかも)
(4)自分なりの中庸を見つけよう

これを、古今東西の書き手たちみんなで、分担して行っているイメージでしょうか。正論が生まれ、逆説で広げ、その両極は広ければ広いほどそのテーマは深まる。正論と逆説は、ときに鼻息荒く舌戦をくりひろげますが、ブッダが戒めたように真実はいつも中道にあり、俯瞰してバランスをとることが大切です。ただし真ん中は、両極を知らないと見つけることができません。

ぼくが本を読むときは、この著者はどのレベルで発言しているのか見極めて向き合います。自分で書くときも、どのレベルで発言するか定めてから書きます。耳目を集めやすいのは、(2)逆説ですね。家なんていらない、お金なしでも生活できる、不食でも生きられる… ミニマリストも極端なほど注目されます。ヒットを企む著者は、派手な逆説ばかりを狙いがちで、あざとさが鼻につくこともある。ただ、極端に走る人は、いつの時代も必要です。彼らの中には使命感を持ち、自覚的に視野を広げる役割として「変わり者」を演じている著者もいるので、温かい目で見てあげてください。

レベルを上げて(3)(4)にいくと、結局「人それぞれ、自分らしく生きよう」のメッセージになり、パンチがなくなるんですね。大切なことほど、薄味でつまらない。「他人になる必要はないよ、自分自身になればいい」自由でいいんだと言われても、(1)(2)の段階にいる読者は困ってしまうんです。「何か指針をくれ」と。

相手のいる段階を見極めて、話さないと伝わりません。例えば、「お金がなければ幸せになれない」と思い込み苦しんでいる人は多いけど、「お金がない方が楽しいよ」と逆説も取り入れたら視野が広がります。ひとつひとつ階段を昇り、最終的には「どちらであろうと今を楽しめる自分」になれたらいい。

「両極を知り、中庸に入る」

これが自由への階段の昇りかたですから、文筆家たちは日々工夫しながら読者のお手伝いをしています。

さて、今度はあなたの話を聞かせてください。あなたの仕事の役割はなんですか。仕事のコツを一言で後輩に説明できますか。これを言語化できる人は、本が書けます。

text : 深井次郎 自由大学学長

担当講義: 自分の本をつくる方法



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