講義レポート

組織の中でのモヤモヤを変換する力

「地域とつながる仕事」講義レポート

こんにちは、キュレーターの岡島です。自分の趣味や特技を活かし、地域とつながる仕事をつくるにはどのようにしたら良いのでしょう?第2回目の講義で“素ダコ”の自分というキーワードが出てきました。“素ダコ”の自分とは、自分が心からここち良いと思う選択をしている状態です。講義前の振り返りでは、受講生たちが“素ダコ”の自分に到達できるように対話の時間を設けています。“素ダコ”に到達するには、折りに触れて内省し、モヤモヤを言語化する時間を持つことが大切です。その中には組織の中で自分を表現できないもどかしさを感じている人もいました。しかしそれをポジティブに変換するには? 第4回目は組織での経験を活かし、自分で事業を立ち上げたお二人をゲストにお迎えいたしました。

礒井純充さん(まちライブラリー提唱者)
まちライブラリーは、本を介して誰にでもはじめられる地域の人達を自然につなぐ仕組みです。場所は、空きビル、病院の一角、お寺、大学、オフィス、自然のなか、カフェなど本を置くスペースがあればどこでもOK。場所が決まったら、みんなで本を持ち寄ります。本には寄贈者の情報とコメントと、読んだ人からの感想が連なっていきます。図書館との違いは、コミュニケーションが自然と生まれること。はじまりは2011年。礒井さんのご出身である大阪からスタートした取り組みが、現在は全国約470カ所(2017年6月13日現在)まで広がりを見せています。

礒井さんの経歴を拝見すると、誰もが知る文化活動に従事され、華々しい経歴をお持ちなのですが、一時は自分の肩書きと“素ダコ”のギャップに思い悩んでいたそうです。それは組織の利を優先すると効率化を求められ、対面でのコミュニケーションに時間が割けなくなること。また、自分の子供のように育てたプロジェクトが辞令によって手放さなければならないことが続いたこと。そんなとき、限界集落を廻る旅を終えた友廣さんと出会い「目の前の人を幸せにするにはどんな事が出来るのか?」という気づきから、まちライブラリーの提唱者となります。礒井さんが「まちライブラリー提唱者」と名乗っているのは「やってみたい!」という人の思いはどんな人でも等しく、その思いが行動に変わるよう後押しする存在でいたいという現れなのでしょう。ピラミッド型の組織で、トップダウンでやることを決めるのではなく、利用者同士が繋がって自己発酵をしていく。個人の思いが繋がって、ワクワクや楽しいがムーブメントとなり、社会資本関係が広がっていくことを理想としているから共感が生まれやすいのだと思いました。


矢部幹治さん(Door to Asia、Agent Hamyak)
「”信頼”があれば、世界の誰とでも仕事が出来る」。これは矢部さんの1枚目のスライドにあった言葉です。矢部さんは、ロンドンのバス停で意気投合した人とクリエイティブエージェンシーを立ち上げ、8年間勤めた後に帰国し、2014年に東京でアーティストマネジメントの会社を立ち上げました。その後はアジアに目を向け、注目すべきアーティストを発掘し『世界を熱くするアジアンクリエーター150人』(パイインターナショナル、2013)を出版されました。冒頭の言葉通り、世界各国のクライアントやアーティストと一緒に仕事をされています。
矢部さんが大切にしている行動原理は「まずはやってみる、考える、疑問を持つ」こと。ご自身の仕事に最大の疑問を持ったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。ロンドンで日本人のデザイン関係の人達が集まり、自分たちに何ができるかを話し合った際、「デザインをやっていれば、いつか必ず力になれることができるから、その日のために準備することが大事」と阪神淡路大震災を経験したデザイナーの方が発言され、それ以後はこのことを胸に刻み仕事に励んできたそうです。そして、デザインの可能性について、もっと広い視野で捉えるようになります。

矢部さんはその後、アジアの仕事が増えて冒頭に紹介した書籍を出版することで、DOOR to ASIAのプロジェクトへ繋がります。震災当時はやれなかったことを思い続けた結果、矢部さんが東北に導かれたのです。プログラムの概要は、地元事業者のところへアジア各国のデザイナーがホームステイをし、何からはじめたらもわからない事業者さんに寄り添ってインタビューをするところからコミュニケーションデザインを構築し、0.1歩目の提案をします。デザインの仕上がりよりも大切にしていることは時間をかけて想いを聞き、そこにある本質を導き出すこと。通常の業務だと、予算や効率性の関係で深いところまで話を聞けないことがある中、寝食を共にするからこそ知ることができる情報や発見があるのだそうです。一緒に楽しみながら、学び、成長することは信頼関係を築き、結びつきを強くしてくれます。目の前の事に真摯に向き合い、やり切るという矢部さんの姿勢にとても刺激を受けました。
個人の行動力を後押しするのは、最大公約数を狙うロジックでも計画でもないのだとお二人のお話を聞いて感じました。磯井さんがお話の中で「個人でやることが一番多様性が生まれる」。と仰っていたのですが、一人では何も出来ないからこそ想いを語って人を巻き込んでいく。初めから完璧を目指すのではなく、やりながら導かれていくのが無理なく続けていくコツなのでしょう。自然体で楽しんでいれば、人が惹きつけられる。そのような事を意識しながら地域と関わっていけたらと思います。



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