「いい仕事にはいい文房具が必要だ。編集のように一日中紙と向き合い、ペンが手放せない仕事ならなおさらのこと」。清水茂樹さんは2004年に「趣味の文具箱」(枻出版)を発刊し、以降年に4回、文房具の魅力を伝えるこの雑誌を出し続けている。「文房具にこだわる~硯編~」の第2回目の講義では、趣味の文具箱編集長の清水茂樹さんに現代の文房具の魅力について聞いた。
文房具ブームという言葉も聞かれる昨今だが、文房具店は減る一方。1988年には3万店あった文房具店もいまや、6000店から8000店舗にまで減ったと言われている。しかし一方で文房具店以外にも、インテリア雑貨の店やアパレルの店でも文房具が売られているのを見かけるようになった。文房具の趣味性が高まってきているように思える。
こうした流れの一つのきっかけになったのが、2009年のリーマンショック。コストカットで、会社で手帳や文房具を支給することが減り、個人でそれらを買い揃える必要が出てきた。どうせなら自分の気に入る物を持とうという人が増え、個人需要が増してきているのだという。デジタルデバイスがこれだけ便利になり、手帳やノートを持つ人が減っているということもあるが、その分、手書きが特別なものになり、趣味性やファッション性が高まったり、より愛着を持つ人が増えているのも事実だ。
筆は最強の筆記具
文房具、特に筆記具に絞ったとき、最強の道具は「筆」と言われている。現代の筆記具で特別な存在感を放つ万年筆にも「筆」の文字が使われているように、万年筆もやはり筆に近い存在だ。筆が最強と言われる所以は、筆圧がいらず、リラックスして書けることにある。一般に、3Bつまり、「Bus(バス)、Bed(ベッド)、Bath(風呂)」という人間がリラックスできる場所がアイデア発想に適していると言われている。そこで浮かんだ思考を書きつけるには、やはり力まずに思考がそのまま文字に紡ぎだされるような道具が必要だ。現在は生産が終了してしまったが万年筆ブランドとして有名なオノトも、「羽のような下記心地」を売りにして、ばねのようにしなるペン先が特徴的だった。
実際、ボールペンに慣れてしまっている人でも万年筆とその他の違いは使ってみるとすぐにわかる。いい万年筆はペンの重さだけでインクが出る。文字もどこか書道的な文字になり、一人一人の個性が出るのも面白い。何か書きたくなる心地よさがある。
書きたいという欲求
清水さんはこの心地よさも書く目的の一つなのではと話す。アイデアを書き留めるためや、記録するため、相手に伝えるためなど、書く目的にはもちろん実用性が伴う。しかし、ただ書いていたいという動物的な欲求があるのではないか。ペンの書き味は一本一本異なる。書き味の好みは人によって千差万別。さらには紙との相性やシチュエーションを考えるとその組み合わせは無限大だ。書く心地よさの追求はとどまることを知らない。
講義後半には、清水さんが持ってきてくれた紙や万年筆、筆ペンでそれぞれの書き味を楽しんだ。文房具の魅力を感じるには、試してみることが一番。敷居が高く感じる万年筆もいまは1000円で上質なものを手に入れることもできるという。早速街へ出て自分のこだわりの文房具を探したい、そんな気持ちになった講義であった。
(text:文房具にこだわる~硯編~キュレーター 小酒ちひろ)