自由大学ではこの夏、ポートランドでサマーキャンププログラムを開催します。今、世界でもっとも注目されているポートランドはどんな街なのか。そして、そんな街のクリエイティブな原動力にもなっているPNCAで学ぶとはどんな体験なのか。プログラムのプロジェクトディレクターを務める松村要二さんに伺いました。聞き手は自由大学学長の和泉里佳さんです。
聞き手:和泉里佳(自由大学学長)
構成&写真:高橋宏文(フリユニラジオ編集長)
part1 ポートランドの街とPNCA
part2 自由に組み立てていくサマーキャンプ
和泉 ポートランドは今、世界中から注目を集めている街で、それこそいろいろなメディアでも特集をされていますが、あらためて松村さんから見てどういう街だと思いますか?
松村 僕が住んでいたのはほとんどアメリカの東海岸なので、西海岸はサンフランシスコ、LA、シアトルに行ったことがある、という程度だったんですよ。僕もやはり吹田亮平さんの『グリーンネイバーフッド_米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた』という本を偶然見つけて読んでいるうちに「これは行くしかないな」と思って行ったのが、昨年4月だったかな。実際に行ってみると、僕が知っていたアメリカとはぜんぜん違う、とにかく気持ちがすごく楽になる都市だったんですよ。1週間ちょっと滞在したけど、毎朝起きると「これは本当にアメリカかな?」と自問自答するような…変に聞こえるかもしれないけど、「アメリカってこういうところじゃなかったはずだ」という…そのぐらい心が解放されるというかリラックスできる場所で、とくにパール・ディストリクトのあたりは、日本や世界の大都市のように新建材でガラス張りの高層ビルがあるキラキラした感じではなくて、わりとしっとりした街並みで背も低いし人間サイズというか。それがすごく心地よかったんだけど、同時に、古いものがところどころあるにもかかわらず、非常に新しいエッジな感じがしたんですよ。それはたぶん、目に見えてくるビジュアルの部分だけじゃなくて、そこで生活している人たちの生きかたとか時間の楽しみかたとか、街のつくりや食事をするところやそこでのサービスのしかたなど、すべてが堅苦しくないんだけど非常に質が高いな、というのが強烈な印象でした。
和泉 アメリカの別の街に住んでいたからこそ、また別の発見があったんですね。
松村 滞在中、古着のセレクトショップに行ったんですよ。ショップから出てきたらちょうど雨が降り出しちゃって、「どうしよう、傘もないし、お腹もすいたし」と思っていたら、そのショップから出てきた、たぶん一般のお客さんだと思うんだけど、「あら、ごめんなさい、急に雨が降り出しちゃって」って言ってきたの。僕はドキッとした。アメリカに10年以上住んでいてそんなことを言われたこともないし、そんなことを言うアメリカ人なんていないと思っていた。それで「いや、別にあなたのせいじゃないですよ」という話から「いや、ちょっとお腹がすいているんですよ」と言ったら、「あそこは美味しいけどちょっと高いから、こっちのほうが…」といろいろ親身になって案内してくれた。そういう経験も僕はアメリカではすごく新鮮だったし、スーパーでも書店でも靴屋でも押し付けがましいサービスではなくて、適度な距離感で非常に心地よいサービスというか。それが建物にも人のあいだにも街全体にあふれている感じがしました。
和泉 そうですね。私も昨年行ったときに、街の人たちは本当にポートランドのことが大好きなんだな、というのを端々に感じたんですね。それはお店をやっている人たちもそうだし、タクシーの運転手さんが話してくれたこともそうだし。街が大好きだから、みんなが街に対してコミットして自分の役割を果たしたりいろんなことをしているんだな、と感じました。そんなポートランドで今回、私たちはPNCAというところで学ぶわけですが、PNCAというのはどういう学校でしょうか?
松村 PNCAは、アメリカの美術大学の規模から言うと、そんなに大きなところではないんですが、設備、ロケーション、授業の内容、教授陣の質が非常に良いと思います。PNCAの建物自体がもともと倉庫だったので、入り口を入るとドーンと大きな空間があって、そこではレセプションがあって生徒たちの作品展をやっていたり、そのなかで授業をしていたり。その上には図書館があり、その横にはビリヤード台があって、図書館のなかには美術関係のものは雑誌から本まですべて非常に素晴らしいものが揃っている。サイズ的には小さいんだけど、中身は非常に濃いというか。それから、4年制と美術の大学院が併設されているというのもそんなにないのですが、PNCAは4年制と大学院が一緒にある。それが一緒にあるということは、お互いにとってすごく刺激になる。それから、社会との関わりでアートを切り口にプロジェクトをやっていこうという授業がとくに大学院の場合、たくさんあるようです。僕が行ったときも、ローカルな問題をみんなで話し合っているところにちょうど出くわしたんだけど、それに加えて、版画や彫刻など立体を造る木工室から溶接室など、そういう設備がとてもきちんとしていた。これからまだ大きくなっていくという計画もあるらしいのですがとにかく、みんなが非常に活き活きとした学校、という印象が強かったですね。
和泉 PNCAはもともと美術館に併設された学校というところから始まった、と言われていますよね。アートをどう見て、それを社会にどう位置づけていくか、アートやデザインで社会の問題をどうやって解決していくか、みたいな視点を持ちながら、アート・デザイン・街・人などいろんなことを複合的に学んでいこうというような姿勢があるので、そこも自由大学と非常に親和性が高いというか。「キュレーション」という言葉を私たちは大切にしていますけど、ちょっとつながってくる部分もあり、いいなと思っています。
松村 日本の美術大学と違って、PNCAは街のど真ん中にあるんですよ。それは、美術を学ぶ学生たちにとって刺激が多い。一歩外に出ると現実の社会がそこにあって、いろんな商売をしている人がいたり、街の外から来ている人がいたり、あくせく働いている人がいたり。…という現実のなかにスッと入れるということは、日本の美術大学にちょっと欠けていて、どうしても保護されたエリアで美術をやりがち。パール・ディストリクトを15〜20年かけてこれだけ素晴らしいものにした理由のひとつはPNCAだから、そういう意味でも、実際にそこで作業ができたり教授や学生と会えるというのは、ものすごく貴重な体験だと思います。
和泉 そうですね、街と一緒に学んでいるんですね。そんなPNCAで今回、サマーキャンプ・プログラムをやるんですが、このプログラムの目的はどういうものでしょうか?
松村 そうですね。1〜3週間だけで美術のある分野をマスターできるというのはありえないし、そこを期待しているというよりは、限られた時間のなかで、自分が現在どういう仕事に携わっているかに関係なく、クリエイティブな生きかたや取り組みかたとはどういうものか、というのを学ぶきっかけになる。必ずいろんなヒントがあると思うんです。実際に手を動かして何かモノをつくるという過程でもそうだし、街のなかを歩いて写真を撮ったりスケッチをしたり、人と会って話をしたり、ポートランドのクリエイティブな人たちや会社のレクチャーを聴いたりするだけでも、たくさんのチャンスが散らばっているので、それをどう掴んで自分の専門のところで活かすか。そこがまさにクリエイティビティのきっかけになるところで、それに気づく、非常にいいサマーキャンプだと思います。
和泉 そうすると美大出身とかまったく関係なくて、むしろふだんいろんな仕事をしているいろんな立場の人が集まることで、より面白みも増してくるようなプログラムになっていますね。7/21〜8/11までの3週間プログラムですが、1週間や2週間だけの参加もできるようになっているんですよね。
松村 1週目、2週目と段階的に何かをやって進んでいくわけではなくて、1週間ごとに大きなテーマのディレクションを考えています。もちろん1週間いるなかで、自分自身の持っているクリエイティビティに気づく機会はたくさんあると思います。1週目は、実際に手を動かして印刷物や版画をつくるとか、自分でZINEや何か立体のものをつくる。2週目は、街のなかに出てどういう発見ができるか、その発見したものが自分をとおして何かの表現につながるか。「コミュニティー+デザイン」と言っていますが、実際に生活しているなかで実はいろんなクリエイティビティなヒントがあるわけで、それを見つけ出す。英語では「セレンディピティ」と言いますが、偶然のものをどうやって自分がつかむか。そこがクリエイティビティの最初のきっかけになる。3週目は、社会とつながっている部分、または社会の出来事にどういうふうに自分が関われるか。たとえば、東日本大震災のあと、いろんなものがアメリカの西海岸に流れ着いていて、ポートランドでもそれがひとつの問題になっている。それを掃除や見学したり、そこで手に入れたもので何かをつくるとか。日本で起きたことが実際には世界といろいろつながっているというのを学ぶことも考えています。
松村要二
クランブルックアカデミーオブアート、バージニアカモンウェルス大学院卒業。1985年以降、日本、アメリカ、韓国、香港の大学にて、生徒それぞれのクリエイティビティとセレンディピティ(思わぬものを偶然に発見する力)を高めることを軸にアートとデザインを教える。http://www.imadoworks.com/yojimatsumura/
Summer Camp for Creativity in Portland at PNCA
2013.7.21 SUN – 8.11 SUN
詳細、プログラム説明会、参加費、申し込みはこちら。
https://freedom-univ.com/portland/index.html