
2025年12月30日、新講義「ナラティブエッセイ学(オンライン)」第1期を開催しました。受講生の皆さまからの感想をご紹介します。
『こころの揺れを言葉にする。AI時代に際立つ、ナラティブエッセイの魅力』
日常や旅先で起きた出来事のなかで、自分の心がどのように動いたのか。それを捉えて、言葉にできるようになりたいと思い、本講義に参加しました。
AIが身近になり、誰にでもある程度のクオリティの文章が書けてしまう時代において、これからは体験に基づいたリアルな感覚や視点、温度感のようなものが、より価値を持つのではないかと感じていました。ナラティブエッセイは、まさにその領域を掘り下げていく表現であり、読者がまるでその場に居合わせているかのように、書き手の心の揺れを追体験できる点が魅力的だと感じました。
講義の後半で、「葛藤からの発見」というテーマでエッセイを執筆しました。1時間という限られた時間のなかで書き切れるのか不安もありましたが、前段の講義やワークで思考がほぐれていたこともあり、なんとか言葉を捻り出していきました。「うまく書こうとしなくていい」「きれいにまとめなくていい」「結論を出さなくていい」という前提が、書くことへのハードルを大きく下げてくれたように思います。
そのあとは、参加者同士で自身の書いたエッセイをそれぞれ朗読。自分で書いたものを、声を通して人に聞いてもらう機会は初めてで、緊張の瞬間でしたが、新鮮でした。文章を声に出すことで、文字とはまた違ったトーンで物語が立ち上がっていくような気がしました。参加者から「ネガティブなことは極力書かないようにしていたけれど、あなたの文章はつらい出来事のようでいて最後に希望が見えた。それも一つの書き方だと気づいた」と感想をいただき、誰かに届いた実感をその場で受け取れたことはとても嬉しかったです。
講義はインスピレーションに満ちていて、終わったいまも余韻が続いています。深井さんが「2週間で30冊の本に目を通す」と話されていたことにも刺激を受け、私自身も積読が捗りつつある本たちと、少しずつ向き合っていきたいと思っています。たとえ6割の出来でも、公開ボタンを押せば他人の目に触れ、作品として育っていく。その言葉を、これからも書き続けていくためのお守りにしたいと思います。
受講生 福岡千絵さん
『感情の揺れを、ないことにしない』
日々の忙しさの中で、ないがしろにしている感情や、些細だけど心が動いた感情や気づきを残して書いておきたい、と思ったのがきっかけです。
感情の揺れをもっと大切にして、メモしておかないとなと思いました。
みなさんの書いたエッセイ、それこそ、心が揺れました。
受講生 鈴木逸美さん
『感情になる前を、観察するという遊び』
文章を書くときにも、絵を描く時や人と話す時と同様、観察することが大事なのだと分かりました。それと、これまでは記憶の拠りどころがほぼ(不快な)感情だったことにも気づけました。忘れられない1シーンについて、写真として切り取ってその時の光や風、温度、匂いを思い出したら、感情になる手前で感じていたことや、感情が5つも6つも織り重なっていていたことがよみがえり、すごく味わい深かったです。今回の講義を通して、構成や表現の工夫といったテクニックでなく、自分の言葉を磨く遊び方(おもしろがりかた)を得ることができました。
参加者それぞれの語りが自分の心と共振して、書き手を大切に思えたり、だからこそ私も書いていいんだ、私の内面を出していいんだ、と自信が持てました。自分のことをより一層大事にできそうです。
受講生 冨田美幸さん
『読む側だったが、書き始めようと思えた』
数年前に自身が人生やキャリアに迷っていたときに、次郎さんのエッセイをORDINARYで読み、背中を押してもらえたことがありました。いつか、自分が感じたことや経験したことを言葉にするなかで、どこかの誰かへのよい影響になれたらと思っていた矢先、この講義を見つけて思い切って受講しました。「書くって何から始めたらいいんだろう」「自分なんかが書いた内容が、本当に誰かが読みたいものになるんだろうか」。講義当日は、そんな不安を抱えた気持ちがほぐれ、自分を消耗させずに書くことに向き合える時間となりました。特に、受講生のみなさんのエッセイを共有いただいた時間が印象深いです。ありありと浮かぶ情景、出来事、その瞬間の感情の揺れに触れ、小さな出来事・わずかな時間のひとつひとつを、それぞれのレンズで捉える営みの尊さを感じました。書くことはもちろん、そのようなスタンスで日々の出来事を捉えるだけでも、毎日が豊かになっていく気がします。今回は年末の講義でしたが、年始に向けて、書きたい気持ちと書きたい素材を見つける感覚が湧いてくる時間となりました。これから自分のペースで少しずつ書いていこう…そう思える素敵な時間でした。
受講生 しゅんさん
深井次郎です。年末は講義おつかれさまでした。
そしてアンケートへのご回答をありがとうございました。
いただいた言葉を読みながら、あの日の空気が、
「日々の忙しさの中で、ないがしろにしていた感情に気づいた」
「他の人のエッセイで、心が揺れた」
「私も書いていいんだと思えた」
それぞれが自分の机に向かって書いていた時間でしたが、
確かにあの場には、
今回の講義は、
それだけでなく、
・どこで心が動いたのか
・その揺れを、どう観察するのか
・自分の言葉を、どう面白がるのか
そのための、短い実験室のような時間だったと思っています。
誰かの語りが、自分を書く許可になる。
参加者それぞれの言葉が共振し合い、「だから私も書いていい」
ここからは、アンケートでいただいたご質問への回答です。
【Q1|「揺れ」は、ポジティブな感情でもいいのでしょうか?】
もちろんです。
揺れは、ネガティブかポジティブかで選ぶものではありません。
むしろ大切なのは、「嬉しい」「悲しい」「腹が立った」
光の強さ、風の温度、匂い、間(ま)、視線。
人間は鼓動が止まると死を迎えます。鼓動、呼吸を求めるように、
怖い怪談も揺れるし、胸くそ悪いケンカも揺れます。
【Q2|揺れを見つけるのは、やはり訓練なのでしょうか?】
なので、最小の揺れを拾うには、静かな水面の心を持つこと。
鍛錬というよりも、
感度を思い出す練習に近いかもしれません。
小さな水滴が落ち、波紋が拡がる。
大荒れの海では、一滴の波紋には気づけません。
忙しい毎日で、外圧が高い中でも、
そう考えると「訓練」かもしれません(笑)
特別な出来事でなくてもかまいません。
日常の中の、ほんの小さな引っかかりを、
「なかったことにしない」
それを繰り返すことで、自然と見えてくるものがあります。
あとは自分の感情を常に観察すること。習慣にしたいですね。
【Q3|毎月書いたり、朗読の場をつくってもよいでしょうか?】
ぜひ、やりたいですね。
ちょうど今、まさにそういう場を始める予定です。
今年、小さな本屋ORDINARYをオープンします。そこは「
今回の講義は、
「一度体験して終わり」にするには、
少しもったいない内容でもあります。
揺れを観察すること、
書く前のレイヤーに立ち止まることは、
一度わかっても、すぐに日常に埋もれてしまうからです。
今後、
・もう少し時間をかけて書いてみたい
・定期的に揺れを言葉にする場がほしい
・朗読や対話を通して、言葉を育てたい
そんな方に向けた、
継続的な「書く場」「発表の場」や講義も、
タイミングが合えば、またご案内します。
無理に追いかけなくても大丈夫です。
揺れが、次の扉をノックしたときに、思い出してもらえたら。
今回書いた文章は、それぞれがWEBで発表してもいいでしょうし
書き直してもいいし、寝かせてもいい。
揺れは、あとから形を変えて戻ってくることもあります。
