講義レポート

「自己表現」が描く本屋の未来

『未来の本屋学』キュレーターコラム

10年間で閉店した書店の数、約4,500。これは統計上の話である。また、全国にある約1,700の自治体の2割近い地域では、自分達の街の書店で本を購入することができない。これは一種の社会問題の話でもある。

そんなご時世の中、『未来の本屋学』という「自分の伝えたいことを本×空間で表現する」というコンセプトの新講義をスタートできることになった。「自分の伝えたいことを表現する(=自己表現)」とは、言い換えると「自己満足」ということ。ファッションやアートと同じように、「本」と「空間」を使って、自分自身や自分の思いを表現する。もう少し踏み込んで言えば、「言葉」の代わりに「本×空間」で自分のメッセージやスタイル(価値観)を社会にパブリッシュ(Publish)していくということだ。

今、僕たちの周りでは自然環境や貧困、LGBTといったテーマを、社会全体の「大きな器(面)」で受け止めていく動きが加速している。「地域文化の拠点」でもある街の書店が1日1店舗以上も目の前から消えていく現状も、考えてみたら深刻な社会問題だ。そう考えると、一個人の表現や満足感という「点」を出発点としているこの講義は、全く異なるベクトルを持った異質な存在なのかもしれない。

書店の世界では新しいムーブメントが起こりつつある。アメリカではここ数年で書店数が増加傾向にあって、アジアでもお隣の台湾・韓国では独立系の書店が次々とオープンしている。「ハイパーローカル」とよばれる地域コミュニティに完全に密着した運営だったり、特定のライフスタイルやカルチャーに特化して書店運営そのものを「ブランド化」したりとアプローチは様々だけれど、そこには「他では得ることのできないオリジナルの価値」と「人と本が出会うプロセスの優れたデザイン性」という共通点が存在しているのだ。それは見方を変えると「個の追求」ということでもあり、つまりは「自己表現(満足)の追求」とも言えるのではないだろうか?

もちろん僕たちが今の会社を退職して、沢山の本を揃え、店舗を確保して、明日から書店をオープンすることは現実的ではない。だけれど、「自分の伝えたいことを本と空間を使って表現する」「人が本と出会うまでのプロセスをデザインする」という2点にフォーカスした時、今まで当たり前と思っていた「本屋の定義」がガラガラと崩れていく音が聞こえるはずだ。それは、あなたの部屋の本棚や仕事帰りのたった30分の時間が、新しい本屋のカタチの出発点になる可能性を持っているということだ。

繰り返しだけれど、『未来の本屋学』は社会全体の大きな「面」をとらえることが目的ではない。全5回を通して、自分や参加者と一緒に最高の「個」を探求・表現していく講義だ。それでも忘れられない一言がある。「最高の自己満足(表現)は社会が抱える課題を軽やかに超えていく力を持っている」。

自由大学から生まれた新しいムーブメントが、僕たちの街に「見たことのない本屋の風景」を描いてくれる未来を想像したら、最高にワクワクするのだ。



関連する講義


関連するレポート