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「それ、哲学だよ」今井祐里

FREEfromFREEDOM!自由大学教授・キュレーターによる連載コラム

 哲学との出会いは大学のオープンキャンパスだった。私の通っていた学校は、埼玉の奥のほうにあるなんとなく進学校と言えなくもないなあという感じの私立高校で、先生からは要約すれば「大学に行かないと幸せはないぞ!」みたいことを言われていた。私の幸せの何がわかるのさ、と当時はふてくされていて、単純だったので絶対に大学なんて行くもんか、と密かに反抗していた。

結構真剣に専門学校を見て回って、大方ここにしようかなと決めかけていた夏、学校から課題が出された。なんとオープンキャンパスへ行ってレポートを書けという。仕方がないので「芝生がある」というだけの理由で選んだ某大学にぷらぷら出掛け、教授の話をぼけーっと聞いていた。他学科の説明が終わり、哲学科の教授が登壇したとき、周りの高校生たちが大勢席を立ち始めたので、哲学科に人気のないことがはっきりわかった。哲学科の教授が急にかわいそうに思えて、最後までちゃんと聞いてあげるからね、とそこで姿勢を正した私は、結局その大学に6年間もいてしまった。

哲学科の教授が何を喋ったのか、細かいことは忘れてしまったけれど、彼は私がそれまで抱いてきた違和感や怒り、やるせなさや純粋な不思議さのことを、「それ、哲学だよ」と教えてくれたのである。なぜスカートを短くしてはいけないのか、なぜ後輩は廊下の端を歩かなければいけないのか。私はどうして私なのか、この世界に絶対と言えるものはあるのか…。教養のなさが露呈して恥ずかしいのだけれど、それまで私は、この世に哲学なんてものがあるなんて知りもしなかったのだ。みんなどうして気にならないんだろう、と思っていた事柄たちは、私が知らなかっただけで何千年も昔からやっぱりみんな気にしていたし、今この時代を共にしているみんなもどうやら気にしているらしい。

哲学を知って一番嬉しかったことは、知らない人を仲間みたいに思えるようになったことだ。この人も愛についてもやもやしてるかもしれない、あの人も自分の存在に急に不安になる夜があるかもしれない、なんて、そんなふうに思うようになった。誰も確かなことなんて分かってない。それなら、人間が哲学的な問いを抱かずにはいられないというのはきっと普遍だ。生まれた時代も育った環境も違う私たちが、唯一共有できる話題。「あなたも困ってるんですか、私もですよ。奇遇ですねえ」と笑い合えたら最高だ。だから哲学はやめられない。

(text:未来を創るための哲学 キュレーター 今井祐里



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