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齋藤将宏さん(漆芸デザイナー)|FLY_047

日本の伝統工芸デザイン漆器を日用品として進化させたい

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雇用促進、地方創生のためにも「国をあげて起業家を増やしていこう」という機運の中、自由大学では2014年から『クリエイティブ創業スクール』を毎年開校しています。全国で約300ある「創業スクール」の中でベスト10校に選出されるなど、自由大学ならではのアプローチが経済産業省、中小企業庁より高い評価をいただいています。

 

今回の受講生インタビューは、創業スクール<ベーシックコース>に参加した漆芸デザイナー齋藤将宏さんにお話を伺いました。デザイン漆器の製造事業を立ち上げるため、2016年秋のスクールに参加。その後事業プランを磨きつづけさらに加速する齋藤さんは現在クラウドファンディングに挑戦中です。この4月から開講するクラウドファンディング学では、齋藤さんのプロジェクトをケーススタディとして講義が行われます。

齋藤将宏さんの詳しいプロフィールはこちら


 

千年続く伝統工芸作品を日用品にしたい

“漆器”は実際に使ったことがある人も多い、馴染みのある器だと思います。齋藤さんが取り組まれている「乾漆」(かんしつ)は漆器の一種なのでしょうか

乾漆も、漆(うるし)を使った製造技法のひとつです。家庭にある漆食器は木のベースに漆を塗ったものが主ですが、乾漆は麻布と漆を固めて成形したものに漆を塗ります。奈良時代に仏像の制作技法として盛んに取り入れられた技法で、国宝の仏像も乾漆造のものが多くあります。乾漆の漆器もありますが、高価なので日常的に使うような、手軽なものではないですね。それが私の持った課題であり、チャレンジしたいことでもあります。

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第19回 「テーブルウェアー大賞」 入選 乾漆椀と受け皿 「月」 「乾漆は奈良時代から伝承される技法。自由な美しい造形が特徴的で、千年変形しないと言われています」

乾漆の漆器はどうして高価なのでしょうか

価格が高くなるネックは、製造時間がかかることですね。

乾漆は、土や石膏などで作った原型に漆を塗り、その上に麻布や和紙を重ねて漆を塗り乾燥させる、また麻布を重ねて漆を塗って乾燥させて…… ということをくり返し、層状にして厚みをもたせる作り方をします。

乾漆はベースに麻布や和紙を重ねて造形をつくっていくので、曲線を作るなどデザインの自由度が高いことは魅力なのですが、ひとつの作品を作るのにとても時間がかかるんです。そのため、乾漆という技法は平安時代以降衰退してしまいました。

現在も乾漆は芸術として残っていますが、1点製作するのに最低100日ほどかかってしまうので、価格も数10万〜1千万円を超えるものもあるほど、非常に高価な「芸術作品」として扱われているのが現状です。

 

乾漆の器をもっと身近にしたい、というのが事業化の動機でしょうか

そうですね。特に若い人には、漆器を普段使いするイメージがないと思うんです。でも、和食用に限らず、コーヒーや紅茶を飲んだり、デザートを盛り付けたり、多様な使い方ができます。デザイン性のある漆器、普段使いできる漆器の認知が広がればニーズが生まれると考えています。

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「魅力的な工芸技術ですが、いかんせん手間と時間、専門技術の壁がある。でも良いものだからこそ、どうにかして普段使いできないものかと頭をひねりました」

作品づくりから事業化へ

齋藤さんは「乾漆」という技法とどのように出会われたのでしょうか。ご自身でも作品をつくられていますか

出会いは8年ほど前です。私は「ヨウジヤマモト」からキャリアをスタートし30年近くファッションデザインの仕事をしていて、8年ほどフリーランスで働いています。

ファッションというものは日々更新されていきます。つくり手として常に新しい表現を追求できることは刺激的だと感じる一方で、バランスをとるようにその対極にある伝統工芸にも興味を持つようになりました。

フリーになった頃、『風神雷神図屏風』で有名な流派、“琳派”(りんぱ)の作品に惹かれて鑑賞していたんですが、そのなかで漆を使った工芸に出会い、感銘を受けたのがきっかけです。

 

乾漆の制作技法を学ぶために、8年前に楠田直子さんに師事しました。2年ぐらい、アトリエに通いながら技術を学び、自分の作品を作っていきました。

 

作品づくりからはじまった乾漆。ビジネスにしようと思ったきっかけとなる出来事があったのでしょうか

大きなきっかけとしては、2016年の頭に、長く携わっていた仕事が終了してぽっかり時間ができたことがあります。この時間をどう使おうかと考えたとき、ずっと温めていた乾漆を事業としてやっていきたいという気持ちが大きくなりました。

事業として進めていくための基盤づくり、自分自身の棚卸しが必要だと考えていたとき、自由大学のクリエイティブ創業スクールを知りました。

7月に募集開始のキックオフイベントがあって、ゲストトークで創業スクールキュレーターの大内征さんが、当時自分が思っていたのと同じ内容を話されて共感したんですね。「事業として継続していくこと、そのためには自分の考えや思いなどを棚卸しすることが大事だ」と。それで「ここに通うしかない」という気持ちになり、創業スクールに参加しようと決意しました。

 

事業化のためのスキルやテクニックよりも、創業スクールで得られるものに期待されたんですね

参加する動機として、事業計画や事業の進め方を学びたいという気持ちもありましたが、一番強かったのは「自分の事業への本気度をはっきりさせたい」という思いでした。

時間が前後しますが、昨年この事業にチャレンジしようと決意する前に、実は5年ほど乾漆からは離れていたんです。止まってしまった直接的なきっかけは東日本大震災が起こったこと。それまではパリで工芸作品の展覧会をおこなったり、自分の乾漆作品が賞を取ったりするなど気持ちも状況も盛り上がっていました。

しかし震災後は日本全体がそうだったと思いますが、アートや工芸などに積極的に取り組もう、支援していこうという空気はなくなってしまいました。「日常生活に潤いをもたらすけれど、なくても生きていける嗜好品」は脇に置かれました。自分自身も考えさせられることが多くて、「今は求められるファッションの仕事に集中しよう」というマインドに変わっていき、結果的に数年乾漆から離れることになりました。

当時、個展を開いて作品を評価してもらう機会を得たり、人脈などのパイプもできていた矢先に震災が起こり、自分がやろうと思っていたことが宙ぶらりんになってしまったんです。自分の気持ちがしぼんでしまった経験があるので、機が熟してきた今回こそはちゃんとした意志を持って事業を固めたいと決意しました。

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「手がける事業は決まっていましたが、己の覚悟、本気度をはっきりさせるため創業スクールに参加しました」中小企業庁ビジネスプランコンテストでもセミファイナリストに選出。ちなみにこの日のファッションも齊藤さんご自身がデザインされた服だそうです。

事業をブラッシュアップする中で自分の思いも洗練される

実際に創業スクールへ通ってみていかがでしたか。期待通りでしたか

想像した以上に自分自身や事業について見つめ直す時間になりました。創業スクールに参加した時点で、たとえば私の事業計画のレベルは満点を10だとすると、1ぐらいだったんです。でも、終了する頃には6ぐらいにレベルアップしました。

事業計画をうまく表現することはとても難しくて、自分の思いを組み立てるスキルを身につける必要があります。他の人にビジネスプランを見せて、さまざまなフィードバックをもらいブラッシュアップするという経験は非常にためになりました。

中小企業庁主催のビジネスプランコンテストに、私の事業プランを自由大学から推薦エントリーしていただき、セミファイナリストになったことも自信になりました。

 

事業プランを磨くこと以外に、創業スクールで得たものはありますか

創業スクールというコミュニティが大きな財産になりました。事業計画や起業についてはウェブなどで簡単に情報は手にはいりますが、人と人とのリアルな対話から影響を受け、身になることの方がはるかに多いですね。

同期が30人ほどいたんですが、10代から60代まで世代も、取り組んでいることも違うけれど、みんな「何かを起こしたい!」と事業プランに真剣に取り組んでいて刺激を受けました。

自分の知らないジャンルの話を聞けるのも勉強になりました。事業へのアプローチや考えはそれぞれ違いますし、学びの多い場でした。ビジネスプランコンテストがよい評価を受けたこともあり、「クラウドファンディング学」にゲスト参加するなど、自由大学とのつながりも続き、事業を進めるうえで力をもらっています。

 

今回、クラウドファンディングを始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか

一番の理由はクラウドファンディングをおこなうことで関心を持ってくれる人、協力者を増やせるのではないかという点です。もちろん資金的な負担や、リスクを減らすことができる点も助かりますが、クラウドファンディングはプロダクトや事業への思い、私たち自身のことをより深く知ってもらうことができます。

今回は、量産するための金型代を集めるクラウドファンディングですが、実は、資金は自力でなんとかかき集めているところです。もし、ファンディングが成立しなくても自己資金でやる覚悟でいます。

これまでも、乾漆作品を発表したり、賞をいただいたりもしましたが、私と直接つながっている人の「その先」までは認知は広がりにくいと痛感しました。関係性で買ってくれる人は一定数いるでしょうが、今回届けたいのは、友人知人や芸術愛好家のその先にいる不特定多数の人たちです。芸術として飾るのではなく、良いものを日用品として使って欲しいので。

クラウドファンディングは、自分のやりたいことをどう伝えるか、共感させることができるか、認知を広げることができるかを考え、実践する挑戦だと思っています。

 

次期のクラウドファンディング学は、齋藤さんのプロジェクトをリアルタイムで追いかける面白い講義になっていますね

そうなんです。「クラウドファンディングってなに?」という部分からさらに踏み込んで、どんな施策を打てば成果が出せるのかまで一緒に実践することができるはず。

誰も見たことのない斬新なプロダクトを世に出そうとするとき、認知を得ることは大きな課題です。まず知られる必要があり、情報をキャッチした人の共感を得る、ファンになってもらう必要があります。

今回のクラウドファンディング学の講義では、私のケースを使って、リアルタイムでそれを練習することができるんです。実践し、うまくいったこといかなかったことをふまえて今後自分のプロジェクトで活用することができる。実地で、「クラウドファンディングとは」を体験する絶好の機会だと思います。

齋藤さんの長年の試行錯誤のおかげで、乾漆技法を取り入れた器、これからは一般の私たちでも手に届く値段で買えるようになるけですよね。気にせず日常使いできるようになるなんて贅沢でワクワクします。メイドインジャパンとして世界にも広がっていきそうですね。本日は忙しい中ありがとうございました!

インタビュー・文 むらかみみさと  撮影・編集 ORDINARY



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