講義レポート

キューバと聞いて読者の皆さんが思いつくワードはいったいどんなものだろう。僕は正直、シガーやラム酒が名産で、革命後の社会主義が及ぼした近代化への抗いにより残った古い街並みや、その街を走るクラシックカーが作り上げる懐かしい風景といった彼の国が纏った表面上の情報しか思いつかなかった。それだけでも未だ見ぬキューバという国への憧れとしては十分であり、実際に今、世界中から観光客が押し寄せる観光大国になっている。はじめてその国を訪れることになった僕の当初の目的も、友人のシガーの買付に同行して、世界一のシガーの聖地で煙まみれになることだった。

はじめて降り立つカリブの島は、インターネットやいくつかのガイドブックに掲載されているように、色彩豊かでありながらも発展を止めてしまった古い街並みを、観光客向けのタクシーであるクラシックカーが走る光景で溢れていた。街のそこかしこにキューバン・ミュージックを奏でる音楽家がいて、その多くがノーリングのシガーを味わいながら、ともかく笑顔に溢れていた。しかし数日たつと、当たり前のことに気が付いた。それは有名なシガーショップへ立ち入るのはキューバ人以外であるということ。街中でシガーを味わっている彼らは、国の配給品としてのそれを嗜んでいるのであり、僕らが知るブランド・シガーを手にすることは皆無であるということ。そんなことが気になった僕は、海外に向けて用意されたキューバという国の魅力から、その陰に存在するこの国の本来の暮らしや自然そのものに興味を持ち始めた。

そして僕はその旅の同行者である仲間たちと行動を別にすることにした。シガーの買付を終えた仲間たちはひと仕事を終えてリゾートを満喫するという。多くの観光客や仕事を終えたビジネスマンが過ごすキューバの楽しみ方としては王道であるゴルフやクルーズに胸が躍らなかった僕はひとりでカリブの島の神様に会いに行くショートトリップに出掛けることにした。日本国内においても自然崇拝に基づいた原始信仰の研究をライフワークとしている僕は、どうしてもこの国の、民衆の暮らしの中に存在する信仰に興味があったからだ。表面上をなぞれば街には大きなカトリック教会が立ち並ぶ。1492年に世界的に著名な冒険家・コロンブス(クリストバル・コロン)に発見され、その19年後にスペイン帝国の西インド諸島植民地となるところからカトリックが入り込み、革命以前は70%以上が教徒として存在していた。その後時代の流れと革命後の新しい文化によりその数は激減し、今では国民の55%以上が無神論者であるという。無神論といえばどこか日本人にも共通すると感じた僕は、もしかするとこの国にも宗教とは別軸の、暮らしの中で大切にされてきた信仰があるのではないかと思い立ち、日本同様に自然そのものを味わえる場所にいけば、原始的な何か、が残っているのではないかと考えた。

そして僕はひとりである洞窟にむかった。その洞窟の入口のスタッフに「ここに日本人が来るのは初めてだ。お前はクルーズにはいかないのか?ゴルフはしたか?それらをせずにこに来るなんて変わった日本人だな」と軽口をたたかれながらも、ひとり洞窟探検にむかった。まるでジャングルのような森を進んでいくと、その中には無数の洞窟がある。まるで終わりのない迷路にも思えた洞窟探検の終盤に、まばゆい光が差し込む大きなホールのような場所があった。そこにはどのくらい前からあるかわからないという本物の人骨がそのまま埋葬されていた。その脇にはきっと古代の人が神に祈りを捧げたのではないかと思われる祭壇のような石組みがある。僕は、ここだ!と思い、持っていたリュックの中から笛を取り出した。というのも僕は神様への祈りを笛の音で奉じる神事を個人的におこなっており、その洞窟の中でもこの土地の守り神にご挨拶をしようと思ったのだ。そうしてひとつのアフリカにルーツを持つ曲を演奏した。

アフリカの大地の神々を奉じる曲として認識していたその曲を吹き始めて少し経つと、その近くにいたキューバ人が近寄ってきた。彼は「なぜおまえが俺たちの大事にしている曲を吹いたのか?知っているのか?」と興奮して聞いてきた。意味が解らない僕は片言の英語で聴き直すと、どうやらキューバにも自然崇拝の信仰があるらしいということが分かった。そしてそれはやはりアフリカに端を発するものだという。僕が奏でたその曲も、キューバ人が知っていたその曲も同じ曲であり、それぞれ海を越えて伝わっていたということがわかった。ようやく出会えたキューバの暮らしの中に横たわる民衆的信仰としての自然崇拝。僕は興奮し、そのアフリカに端を発する神様の名前を連呼してみると、すべてが通じた。海の神様Yemaya、水の女神で男を魅了するOchun、旅を見守ってくれる神様Eleggua・・・海を隔てたこの国で、古代からの自然神が僕とこの国を繋いでくれた。そこから僕ははじめてこの国に本心から興味が湧いた。それはこれまで表現されてきた表面的な魅力ではなく、この土地に暮らす人々の中で連綿と受け継がれてきた信仰や習慣。そのアーカイブに心を奪われたのである。

そんな思いの末に僕はキューバの素顔を紹介するガイドブックを仲間とつくることになった。その名も「 Amazing CUBA 」。このタイトルには、著者をはじめ関わったすべての人のキューバへの愛が詰まっている。そしてそのご縁はガイドブックを飛び出し、自由大学の講義化への歩を進めることになった。これから日本も観光立国として世界中からの来訪者を迎える国となる。その時僕らはどんな国として自分の暮らすこの土地を紹介できるだろう。国や政府が決めた国の魅力が必ずしも僕らの誇りとは限らない。僕は出来るだけ、暮らしの中にある本当のその国の魅力を紹介していきたいと思っている。そんな思いもまたキューバという国にも寄せながら、情報があるようでまだまだ少ない彼の地の本当の魅力に触れる旅のお手伝いが本講義で少しでも叶うなら、僕が出会った彼の地の神様も喜んでくれるに違いない。

That’s CUBANTAINMENT」教授 中村真



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