講義レポート

出版業界の現状〜出版社をつくろう 1期 第3回レポート〜

ゲストスピーカー:株式会社CCCメディアハウス・小林圭太さん、フリーエディター・ジャーナリスト・水野龍哉さん

出版社をつくろう第3回目は「出版業界の現状」と題して、株式会社CCCメディアハウスの小林圭太さん、フリーエディター・ジャーナリストの水野龍哉さんをゲストにお招きし、雑誌・出版黄金時代の状況やそこから現在に至るまでの変遷について語っていただきました。

■情報が取れるのは雑誌が主流の時代

1960年代から1970年代の雑誌の状況を語る上で、外せないのがカルチャー情報発信のムーブメントのはしりであったMEN’S CLUBやananだといいます。その当時の日本の住まいや暮らしは、戦前から続く日本家屋というものが主流になっており、海外のキレイなモノ、最先端のオシャレなモノといった情報をキャチアップできたのは雑誌や映画が主流でした。その中でも特に際立っていたのがananのビジュアルやアートディレクション。小林さんはその様子を「一枚の写真が原稿用紙70枚分にも匹敵するようなヴィジュアルデザイン」と表現します。ananの編集方針についても、とても画期的で、今でこそ雑誌として独立しているELLE JAPONですが、当時のフランスで流行っているELLEをいち早く日本に持ってこようと、ananの挟み込みにすることで、日本でのELLE JAPONの独立を後押ししたほどだったそうです。

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■本当のことをいっているのは雑誌だけだ

また世の中の受け手側である読者は、安保闘争の終盤にかけて、「信用する情報は雑誌だけ」「テレビは雑誌より10年遅い」などといった空気感が当時の学生を中心にあったそうです。そういった学生が朝日ジャーナルを片手にJazz喫茶で議論をするといったようなカルチャーステータスが生まれ、こういった「こだわり」が肯定的に捉えられる社会を雑誌自らがメディアとして引っ張っていたともいえます。今とは違い、読者の求めているモノが細分化されすぎておらず、海外への「あこがれ」のような大きい普遍的なテーマが受け入れられる雰囲気があり、作り手である出版・編集者も好きなことにとことんフォーカスしていける状況で、「読者あっての雑誌」という当たり前の基本構図がしっかりと回っていた時代だったようです。

この基本構図がしっかりとハマったのが、小林さんが編集長を務められたMarie Claireです。当時の中央公論社でアメリカ文学の文芸集として刊行されていた「海」という雑誌が名誉の廃刊が決定し、そこで溢れた部隊と、オシャレな婦人公論を作ろうとしてフランスからMarie Claireを持ってこようとしていたファッション系の部隊が一緒になって好き勝手やって成功した雑誌だとお話されます。

またその当時の社会状況として、MBA留学などをした知的な女性を受け入れる度量が社会にあまりなく、唯一受け入れることが出来たのはファッション業界だけでした。その女性たちが「ファッションなんて」といったある種のフラストレーションと、Marie Claireが表現するフランスの哲学者(ピエールガタリ)などの一般的の人がとっつきにくい内容が知的な読者にハマりヒットし、当時8万部から9万部販売していたそうです。

(出所:http://www.geocities.jp/kcc_newair/article08.htm)

 

■主張やテーマをコンテンツで伝えていく

Marie Claireの裏テーマ「女性の自立」をもとに、主張やテーマを雑誌コンテンツで伝えていった事例をパリのファッション業界とファッション誌の変遷から話を展開していきます。

男性中心の戦争時代の名残から戦後のファッション業界、特に女性ファッションについても“男のためのファッション”として意識されており、それを忠実に表現していたクリスチャンディオールが評価の的になっていました。この状況に危惧を呈したシャネルが、ELLEの伝説的な女性編集長クロードブルエに電話をし(これが後世に語られる「運命の電話」)、「女性の自立」をテーマにしたシャネルスーツを発表。同じ想いのELLEも怒涛のシャネル特集でモードを通して「女性の自立」を主張します。ただ人気になったELLEにアメリカの資本が介入し、ビジネス拡大路線となったことで、販売部数と反比例するかのようにいつしか当時の主張は薄れてしまいます。

伝説的な女性編集長クロードブルエはELLEでは自分の表現したい「女性の自立」は表現できないとMarie Claireに移籍し、当時「自分が着たい服」ということで展開していたコムデギャルソンをフィーチャーすることで、自身の想いや雑誌の想いを表現していったそうです。

「女性の自立」をシュプレヒコールで伝えるのはダサく、それらをモードで、写真で、文章でエレガントに伝えていくという雑誌コンテンツのチカラを上手く展開したことがとてもよくわかるエピソードです。

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■小さくはじめて、影響度を追求する

「パリのファッション業界とファッション誌の変遷からも分かるように、出版ビジネスは規模が大きくなりすぎるとそこで働く人を養うことに優先度が高くなり、本来持っていた主張やテーマがどうしても薄くなってしまうもの」と小林さんは語ります。「これからの出版は読者の数を求めるのではなく小さくはじめて、刺さり具合や影響度を考えてやっていけばいいのではないのか、そうすれば主張や態度表明が薄くならないで済むのではないのか」と推測されます。

それに伴い編集や出版の作り手側は、万人を驚かすのではなく、ある程度範囲の決まった人を「わー!っと驚かす」そんなコンテンツ作りを原点回帰で行えばもっと良質なコンテンツが増えていき、そういった覚悟を決めてやっていけば紙媒体でも伝えていける価値はあると第3回の講義の最後をまとめました。



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