講義レポート

マイクロパブリケーションの挑戦〜出版社をつくろう1期 第1回レポート〜

ゲストスピーカー:藤原印刷・藤原章次さん、メディアサーフコミュニケーションズ株式会社・堀江大祐さん

出版社をつくろう第1回目は「マイクロパブリケーションの挑戦」ということで、大きな印刷会社でもあるにもかかわらず、マイクロパブリケーションに関わっている藤原印刷の藤原章次さんをゲストにお招きし、この講義のキュレーターでもありNORAH、TRUE PORTLAND、BOWS&ARROWSの編集・出版をしてきた堀江大祐さんとセッション形式の講義を行いました。

■ポートランドのマイクロパブリケーションの状況

6月中旬にアメリカのオレゴン州のポートランドに足を運んだ黒崎さんとメディアサーフコミュニケーションズに所属する堀江さんたち。現地のマイクロパブリケーションを取り巻く書店などの状況を堀江さんが説明するところから講義はスタートします。
特に日本の書店と異なる書店のありかたとして、ポートランドのランドマークと言っても過言ではないPowell’s City of Booksが、例としてあがります。1ブロックまるまる書店という敷地の中に、同じ本でも新本版と古本版とが一緒に陳列されていたり、RARE BOOK ROOMという絶版本を閲覧できる場所があったりと本を消費財としてだけでなく、モノとしての価値を限定しない空間が、そこには広がっているとのこと。

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また、ポートランドでは、大きな出版社を通して出版をするのではなく、個人単位の小ロット出版や製本・編集を支援していく環境が整っているそう。特にNPOが運営するIPRC(Independent Publishing Resource Center)という施設では、少額会員制で印刷・製本の機材や活版印刷をシェアできる環境があり、zineなどを製作する人たちや作品が自ずと集まりzineの収蔵率は全米でNo1になっているほど。

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そういった環境が周辺にあることで、あえてzineをメインに扱うMicrocosmやReading Frenzyなどが出てきて、書店だけの機能だけではなく出版社や印刷スタジオなども兼ねた書店にすることで、書店を、「本を出版する過程」や「本を取り巻く機能を横断的とらえた場所」として表現しています。

ただポートランドには、こういった新しい本や出版の形を体現している書店ばかりという訳ではありません。Monograph Bookwerksという書店では、アーティストでもある2人のオーナーが自ら世界中から良質なアート本を選書し、センス良くディスプレイしてお客さまとコミュニケーションしていく、といったように「本屋として良い本を集め、良い本屋を作っていく」という本屋のあるべき視点に立ち返っている本屋もあるとのことです。

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ポートランドでは、このように小さい個人でも出版をしたり、独自の視点の書店を展開したりと本を取り巻く状況を生業にしている人がたくさんいます。

続いて、NORAH、TRUE PORTLAND、BOWS&ARROWSを手がけた藤原印刷の藤原さんの話へと続いていきます。

■印刷のテマヒマと”いい”印刷会社とは

藤原さんの祖母がタイピストとしてたった1台のタイプライターから始めて今年でちょうど60年の歴史をもつ藤原印刷。藤原さんが特に2年、3年で強く感じているのが 個人からの出版・印刷依頼が多く寄せられるということ。

その話に入る前に、長野県にある工場で撮影した印刷所の動画を見ながら「本の成り立ち」を説明してもらいました。(※抜粋でポイントを書き出します。)

ポイント①:印刷はアルミ版が1色につき1枚
ポイント②:印刷のカラーは赤・青・黄・黒の4種類からなる。特別な色については職人が手作業で練りこんで色を作っていく。日本には1000種類もの色が存在する(http://nipponcolors.com/)
ポイント③:2億円もする印刷機に紙を積むのに1年もの修行が必要
ポイント④:アルミ版に色をつけていく、カラーの時は4版必ず必要
ポイント⑤:本印刷をかける前に、ちゃんと色が出るまでテスト紙に印刷をかける
ポイント⑥:顕微鏡を使った目視確認で版ズレのチェック。機械を使って色の濃度もチェックする。
ポイント⑦:本印刷の際も50枚から100枚につき印刷物の色の濃度やインクの量を必ずチェックする。
ポイント⑧:紙の下から空気が出る裁断機で大量の紙を揃え、150cmもある刃で裁断。

「こういった作業や工程はほんの一部でしかないですが、こういったテマヒマが安くて早いインターネット通販の印刷会社との大きな違いです。」と藤原さん。技術に関してとことんクオリティーを高めていく印刷会社としての情熱を感じることができます。

そんな大手の出版社とも仕事をする藤原印刷さんはなぜマイクロパブリッシングの印刷に関わり続けているのでしょうか?

■マイクロパブリッシングと表現手段としての印刷

NORAHの印刷の依頼を受けた時の最初のオーダーが「すべてのページを違う紙で印刷したい」といったもの。通常16ページで1つの束とし、それを編んで本にしていくという印刷技術の前提に立ち返り「16ページごとに紙を変えていくのはどうか」と逆に印刷会社としての提案をすることで印刷技術をしっかりと活かした本(NORAH)を出版したエピソードが語られました。

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このエピソードからもわかるように、マイクロパブリッシングで個人の方からの依頼の場合は、その依頼主の”想い”をしっかりと印刷技術を通して表現することができて「印刷にフォーカスした」評価をしてもらうことも多いそうです。(大阪で藤原印刷が手がけたマイクロパブリッシングの作品で本棚を作るイベントなどが開催されたとのこと。)

現在の出版の取次の仕組みが「お金」と「発行」のサイクルを効率化・低コスト化で回していくことが先決になっている状況です。その中で印刷業としては通常、どうしてもコスト削減意識が重要なファクターとなってしまっているよう。マイクロパブリッシングだと“アートと同じく表現手段としての印刷メディア”として印刷を認識してもらえ、仕事の幅を広げることができ、それこそがマイクロパブリッシングに関わり続けている醍醐味とのことでした。

 

■マイクロパブリッシングでも成り立つ方法

ここで藤原さんから「大手の出版社には営業担当の人的リソースが多くありますが、中小の出版には営業にリソースをさくことが出来ずに、流通を担っている取次に頼らざるを得ない状況がある」と現在の出版業界の課題が問いかけられます。

それに対し、堀江さんから自らも手がけたマイクロパブリッシングのNORAHを事例にコミュニケーションをしっかりと行なった流通方法について語られます。

NORAHは現在全国約60店に買取で店頭に置いてもらっており、最初は数店で少ない部数しか扱ってもらえていなかったそうです。ただ、自分たちがしっかりと置いて欲しい本好きの個人の本屋をリサーチし、コミュニケーションをしっかりととることで、その本屋に集まる本好きのお客さまの目に触れることができ、本屋だけでなくアパレルや雑貨店からも買取オファーが来るといった“口コミの連鎖”が生まれる状況になったそう。

幸いにも、今はWebなどを絡めた情報発信もあるほか、リアルな出版関連のイベントを合わせることで本の販売や流通を賄うことが出来るのではないかということでした。

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第1回目の講義が始まった6月26日に「出版取り次ぎ4位の栗田出版販売の経営破綻」というタイムリーなニュースも飛び込んできました。

今まで日本の特有の出版取次システムの流通力に頼ってきた出版業界全体の状況が変わりつつあるようです。

その取次システムがなくなったときに、著者や編集者、製作者がどういう想いでその本を作ったのかというような、周辺の情報をしっかりと伝え、読者に出版物を届けていくにはどのような方法がいいのでしょうか?

ポートランドの状況をもう一度振り返ってみてもいいのかもしれません。

ただ、変わらない根本の部分は「良い紙で良い印刷で良い本ができるということは不滅」なのだということを藤原さんや堀江さんの話を通じて感じました。



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