Warning: count(): Parameter must be an array or an object that implements Countable in /home/users/0/freedom-univ/web/docs/wordpress/wp-includes/post-template.php on line 284

講義レポート

言葉で現実を「建築」していこう

坂口恭平教授の「生活の革命」レポート


生活の革命で、自分が自分の医者になる

 

0円ハウス、独立国家、いのっちの電話、小説、絵画、音楽、料理、編み物……。さまざまなクリエイティブワークで知られる異才、坂口恭平さんが自由大学に帰ってきました。2010年の「0円ハウス学」、2012年の「独立国家のつくり方」以来、実に8年ぶりとなった特別講義『生活の革命 』。この「変化の時代」を生きるために必要な考え方や自己表現のコツを語りました。

※講義内容を一部抜粋し、レポートします。

いのっちの電話をはじめてもうすぐ10年

今年『まとまらない人』を出版しましたが、僕自身が「まとまらない」人です。この講義もまとまりがないかもしれません。

僕は躁うつ病ですが、気分が高いときと低いときの差が激しくて、生きることもたいへんなタイミングがあります。

ある研究の本を読んだら、躁うつ病や統合失調症の人はマラリアにかかると平熱だと書いてあったんですね。今コロナで大騒ぎですけど、僕のような人は平和なときは自分を持て余してしまうんですが、みんながパニックを起こしたときに「今だ」と思うのかもしれません。

「3.11」のときも、シャキッとしたんですね。何かやらなきゃと。そのときに始めたのが「いのっちの電話」です。携帯電話番号をtwitterで公開して、365日「死にたい」という人の声を聞いています。

 

電話をかけてくる人の「死にたい理由」

お金、仕事、家族、悩みはそれぞれ違うんですけど、突き詰めると悩みの根源は「人からどう見られているか」なんですね。いのっちの電話には、年間2000人くらいかけてくるんです。累計2万人以上ですね。切り口は違っても、みんな言っていることは一緒です、「死にたい理由」は。

「死にたい」とか「人からこんなふうに思われてつらい」と言われても、僕は何も言わないですね。だからときどき怒られるんですね、「相談をきいてくれないじゃないか!」って(笑)

「じゃあその悩みを僕以外の誰かに話したのか」と質問してみると、ほとんどの人が誰にも言ったことがないんですよ。家族がいても、恋人や親友がいても悩みを伝えてない、声に出していないんです。

悩みの芯は「人からどう見られているか」だけ。でもその悩みや苦しみを誰にも話さず、自分のなかで自己嫌悪に入って「死にます」となってしまう。

声は言葉より本心を語る

言葉として「死にたい」と言うけど、声は死にたいとは語ってない。電話なので、相手がどんな人なのか声しか知る手段はないけれど、その声は死にたがっていないんです。言葉と裏腹に、声は生きたがっている。言葉と本心は違うとわかりました。

自分が躁うつになったとき、僕自身も「死にたい」と思っていました。今は1ミリも死にたいと思わないけど、季節のように「死にたい」という状態が巡ってくるときもあるんです。元気がないときはうなだれている。何もしない。躁うつは、「自分が自分の医者になる」しかないんですよ。

 

社会の価値観と自分を合わせる弊害

自分のできることを社会の役に立つようにするのは、カネになることに繋がるんです。本を書こうとしたとき「みんなが読めるように」「価値を感じるように」となってしまう。お金に変えないわけではないけど、自分が「こうしたい」と思ったものから、悪い意味で社会的に研ぎ澄まされてしまう問題があると思います。

病のおかげでと言いたくはありませんが、躁うつ病は僕のクリエイティブの素になっています。自分のネガティブな要素と、うまくやっていくことが必要だと思います。

アウトプットで自分を癒す

いのっちの電話でやろうとしているのは、本人が言葉にできていないことを手伝うことです。アウトプットは自分がやってきたことからしか生まれません。今までやってきたことからしか、次やることはみつからないので。

アウトプットは実は産みの苦しみを味わうものです。みんな「生み出す訓練」はしていないので、その苦しみを「死にたい」感情だと感じているひともいると思います。

いのっちの電話にかけてきた人のなかに、僕とやりとりしながら小説を書き上げた人がいます。僕は特に励ましたり評価したりしないけど、「坂口恭平に送る」ことがアウトプットのモチベーションになるんですね。僕は「死にたい」と語る人にとって、作家にとって編集者のような立ち位置なんでしょうか。

会場からの質問に坂口恭平さんなりの考えを伝えました

 

Q1. サラリーマンをしながら歌手活動をしています。どっちつかずの状況でいいのか迷いがあるのですが。

無理に自分を社会の区分に合わせてカテゴライズする必要はないですよ。歴史のなかで新しい職業を生み出した人たちは、それまで存在した誰とも同じじゃなかったはずですよね。自分が何者かは自分で決めるべきです。

これまで選んできた自分を否定する必要はないと思います。「サラリーマンと歌手である」ことを選んだなら、そこでどう広げていくかを考えたほうがいいのではないですか。

 

Q2. 職人を辞めて、今はサラリーマンをしています。空いた時間で職人時代の技術を使ってものづくりをしていますが、「お金になるか」を考えてしまっています。自分の「作りたい気持ち」もわからなくなってしまって。現状に満足している部分はあるものの、昔の自分を思い出してもやっとするときがあります。

今の状態があなたにとって悪くないなら、そのままでいいんじゃないですかね。むしろパニックになったとき、どうしたらいいかわからないときが「なにか生み出すタイミング」なのではないですか。

 


Q3. 趣味はあるけど、「これって意味あるのかな」と感じて飽きてしまって長続きしません。どうやったら飽きないでいられますか?

飽きることはいいと思います。僕もすぐ飽きます。飽きたからって自分にとって「面白くなくなった」わけではないんですよ。また気持ちが巡ったらやればいいんじゃないですか?

 

Q4. 「変わったことをやりたい」と思っていろいろなことに手を出すものの、うまくいくと「これって別に特別じゃないな」と冷めてしまいます。

新しいことを始めても、これまでやっていたことをやめる必要はないのでは? 得た技術をハイブリッドしていけば新しいものが生まれるのではないですかね。

 

Q5. 生きにくさを感じているけど、自分のなかにある気持ちを誰にも言えず、消化できずにいます。

自分が感じたことは、言葉にしていったほうがいいと思います。同じ世界に生きていながら、各々が自分の現実を持っていると思うんです。他の人はスルーしているけど、自分だけが感知しているものが自分の現実なので、それを書いてみてはどうでしょうか。書くことは新しいものを生み出すことのように思ってしまいますが、自分の中にあるものを言語化すればいいと思います。

自分が感じている現実にできるかぎり近い言葉を見つけて、言葉で自分の現実を「建築」していくことをおすすめします。

登壇者

教授:坂口恭平
ゲスト:黒崎輝男(自由大学 創立者)
司会:深井次郎(自由大学 学長)

構成と文:むらかみみさと
写真:ゆき



関連する講義


関連するレポート