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「哲学対話」で自分と他者を知り、自由に生きる

『今を生きるための哲学』キュレーター/田代伶奈さん・今井祐里さん

「哲学」というと小難しいことを一人で黙々と考えているイメージがありますが、もっとカジュアルに、“対話を通じて他者とともに考えるもの”という側面もあります。「今を生きるための哲学」キュレーターの田代さんと今井さんに、哲学の魅力や講義で実践する「哲学対話」について教えていただきました。


20代の女性2人が「哲学」の講義をひらくというのは、ギャップがあって興味を引かれました。どんなきっかけで開講することになったのでしょうか?

田代:友人が『実践!アーバンパーマカルチャー』を受講していて、その講義のキュレーターだったクリエイティブチームの佐藤大智さんと引合せてくれたことがきっかけです。大智さんと、「今の時代哲学が求められてるよね」と意気投合し、「未来を創るための哲学」という講義を作ることになりました。大学院の後輩である今井を誘い、時間をかけて講義内容を考えました。人が集まらなかったらどうしようと不安が募っていたのですが、レクチャープランニングコンテストで優勝し、「やっと哲学の時代だ」って2人で喜びました。

今井:私たちの講義は、哲学のレクチャーではなく、受講生全員で「哲学的に対話すること」が目的です。身近にあるけれど考えてみると実はよく分からない事柄について、参加者同士でゆっくりじっくり対話をしながら考え合う「哲学対話」と呼ばれる活動があります。最近では「哲学カフェ」なんていう名前で街の喫茶店で開催されることもあるのですが、私たちはその活動をいろいろなところで実践していて、自由大学でも開催させてもらうことになりました。自由大学での講義は、「哲学対話」の形式を基礎にしつつ、オリジナルの要素をたくさん詰め込んでいます。

 

哲学ってなんだかとっつきづらい印象があるのですが、おふたりはどんなきっかけで哲学の道に進まれたのでしょうか?

田代:もともと上智大学のドイツ語学科に在籍していたのですが、大学3年生のとき哲学科に転科しました。一般教養で哲学の授業を受けたとき、「これまで考えてたことは哲学だったんだ!」と気が付き、すぐに哲学科に転科したんです。昔から「なぜ私は誰でもない“私”なんだろう」「正義ってなんだろう」「なぜ人は分かり合えないんだろう」みたいなことをぐるぐる考え、友達に問い掛けてました。「考えること」や「問いを発する」ことがまさに哲学だということを知って、なんだかすごく嬉しくて、生きやすくなりましたね。

今井:私も同じで、自分がこれまでやってきたことに「哲学」と名前が付いているのをあとで知りました。子供の頃から、「誰も理由を知らないのになんとなく決まっているルール」が嫌いで、無反省であったり、考えることを面倒に思っていたりする大人が本当に嫌だったんです。そのネガティブな感情をバネにたくさん考えました。大学に行く気はあまりなかったのですが、たまたまオープンキャンパスで自分のやりたいことに「哲学」という名前があることを教えてもらったのをきっかけに、哲学の世界に飛び込みました。

 

そもそもの質問になってしまうのですが、「哲学」という言葉は知っていても、実態が掴めない気がします。「哲学」って何なのでしょう。

田代:「哲学を学ぶ」と聞くと、ふつうは哲学史の知識を得たり、難解な哲学書を解読したりするようなイメージが浮かびます。でも、哲学にはもうひとつ別の、実践的な役割があります。それは「自分の頭で考えること」です。私たちの講義の目的も哲学の知識を身につけることではなく、対話によって考えを深めることです。
何よりも大切にしていることは、「自分の言葉で問い合う」ことです。借り物の言葉で着飾るのではなく、この世界を一緒につくっている他者に向き合い、なぜなぜなぜと「理由」を問い合います。そうは言っても、考えをより深めるためには知識も大事。講義では対話の手助けとなるような哲学者の理論も紹介するようにしています。

 

哲学対話と他の会話との違いはなんでしょうか。友達との会話や、ディベートとはどう違ってくるのでしょうか。

今井:ディベートと違うのは、哲学対話には勝ち負けがないということです。誰もまだ理論も正解も持っていない。「みんな本当のところは何も分からない」というところから出発します。ともに対話する参加者は探究のための仲間であり、論破しなければならない敵ではありません。より良い考えを引き出すためにじっくり相手の話を聞き、互いに問い合うことを通して、自分の意見がどんどん変わっていくことを楽しむのが哲学対話の醍醐味です。友達との会話でも、哲学的な話題になることは十分あると思いますが、「なんで人は働くんだろう」と問いかけても、「ねー、働きたくないよねえ」「うんうん」となって終了ということがよくあります。これも絶対に必要なコミュニケーションではあるのですが、「本当に真剣に考える場」も欲しいので、そういう時に哲学対話は役立ちます。

 

哲学対話が一般的になってきて、おふたりも数多く参加・開催されているそうですが、自由大学で実践する「哲学対話」の特徴はありますか?

田代:普段開催する哲学対話イベントと参加者の層や動機が全然違うので、哲学の間口が広がったなと感じました。「広告の仕事に使いたい」という若いサラリーマンや、「昔学んでいた哲学をもう一度」という引退された年配の方まで、本当にさまざまな人が来ています。そんな仲間と5回も対話ができることを私も非常に嬉しく思っています。

今井:同じメンバーで話すと、単発よりも議論が深まると感じます。たとえば正義について考える時に、愛や感情につい全5回の対話を同じメンバーで行うことで、議論の深まり方が単発のときとは明らかに違います。「正義」というテーマについて哲学的に考えるためには、例えば「愛」や「感情」あるいは「美」についても考えなければなりません。5回の講義はただ5つのテーマがバラバラにあるのではなく、すべて連関し合っているので、5回を通して多角的にそれぞれのテーマを深めることができます。また、参加者同士の交流ももちろん深まりますから、対話の場に発言のしやすさや質問のしやすさ、批判のしやすさ等を支えるセーフティが醸成されます。「否定すること」と「批判すること」は全く別物ですが、そうとは分かっていても実際初対面の人の意見を批判することは難しい。けれども、セーフティのある場では、お互いを尊重し合っているという共通合意が自然と形成され、愛のある批判をすることができるようになります。講義を通して、ともに探究し合うアツいコミュニティができることを期待しています。

田代:講義は対話がメインなのですが、宿題としてワークシートを配り、対話前と後に自分の考えを書いて持ってきてもらっています。毎回のテーマ(「未来を創るための哲学」だったら正義、感性、愛など)について考えることを、ググったり本を読んだりせずにまず自由に書いてみる。そして、そのテーマでの対話を終えた後にもう一度書くんです。人と対話することで、考えは必ず変わるし深まります。でも、自分の変化って意外と気が付かないんですね。「自分は揺るぎない考え方を持っている!」ってみんな勘違いしているんです。だから受講生には最初に「意見は乗り物に過ぎない。違うと思ったら乗り捨てる勇気を持とう!」と伝え、それを可視化する工夫をしています。

ワークシートは私たちのフィードバックを書いてから受講生に返すので、自己内対話と他者との対話を、授業内と紙上の両方で行えるんです。あと、話す時と書く時って思考が変わるから、それも大事かなと。

 

 

自問自答するより、対話をするほうが効果的なのでしょうか?

今井:自力で選択肢や観点を増やすのは難しいと思います。人間って自分から離れたことを考えることは難しいですよね。体験していないことを想像するには限界があるんです。でも自分の想像力の限界を、全く違う経験をしている他者は容易に越えることができる。それなら、いろいろな人と対話したほうが近道だし、自分ひとりでは到達できないところまで連れて行ってもらえるといつも実感します。それに、これは私に忍耐力がないだけかもしれませんが、一人で考えているともういいやって思ってしまうことありませんか?なんか面倒になってしまって、まあ分からなくてもいいし、どうでもいいかなって。でも他者は私が考えるのをやめようとしても、問い続けてくる。それに答えようと思って、放り投げるのをやめてまた問いに向き合うことができるのが、誰かと一緒に考えることの良さだなと思います。ダイエットもひとりではできないけれど、「走ってる?」って聞いてくる友達がいれば続けられる。一緒に走ってくれる友達がいればもっと続けられる。それと同じで、哲学対話によってひとりでは気づけなかった自分の粘り強い思考力に気づけるし、それによって考えもより深い層まで掘り進めることができると思います。

 

新講義ですが手応えはどうですか。今後、2期、3期と進む中でどんな講義に育てていきたいですか?

田代:深まりのある良い対話になっています。みんなで講義を作っている感や哲学対話の仲間ができている感がとても嬉しいです。土曜の昼間っから真剣に「愛って何だ?」「うーん、わからない」って一緒に頭を抱えることができる仲間なんて普通いないじゃないですか。

現在は1期目の「未来を創るための哲学」の講義中ですが、2期目は「今を生きるための哲学」です。テーマも「自分」「社会」「仕事」など、「今を生きること」に直結するものに変えました。3期目は「過去と向き合うための哲学」にしようかなって考えています。遡る感じで。テーマは「責任」「歴史」「記憶」でしょうか。せっかく対話できる仲間ができたんだから、毎回違うテーマにしてリピーターも来てくれたらいいなと思っています。

今井:哲学対話を通して、世界の見え方が変わるのではないかと思います。私はこれまでたくさんの人と哲学対話をするなかで、他者に期待を抱くようになりました。満員電車で牽制し合っているどうしようもなく分かり合えそうにない他者も、哲学対話の場ではきっと、幸せや愛など人類の大問題を前にして、一緒に唸ったり閃いたりできるのだろうなと思うからです。同じ考えを持つ必要はありません。ただ同じ問題で悩めるというだけで、ちょっと世界は楽しくなります。哲学は人と人を繋ぐものですから、講義を通してたくさんの人と出会って、みなさんと無邪気に探究しつづけたいです。

 


簡単に「答え」を検索できる時代、正解のない問いや気づきを誰かと話しながら考えることは、生きるための重要な力になるでしょう。講義を通して多くの人が話す楽しさ、考える楽しさに気づくのではないかと思います。

 

担当講義:過去に向き合うための哲学
取材、写真、校正:ORDINARY



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