万行さんは、自由大学「CREATIVE CAMP in ポートランド」の講義に参加して人生観が変わった人のひとりです。普段は、世界中に支部を持つIT企業に勤務し、海外出張で飛び回るかたわら、料理好きが高じ趣味を超えてプロ級の腕前に。休日には料理教室で教える活動をしているそうです。ポートランドでの経験はどんな変化と行動をもたらしたのでしょうか。自分の心に素直に従って軽やかに進んでいく万行さんにお話を伺いました。
自由大学の受講歴:「CREATIVE CAMP in ポートランド」「データサイエンスR道場」
-自由大学との出会いについて、講義「Creative camp in PORTLAND」に参加した当時のご自身の状況を教えてください。
私は料理が好きなので、会社員として働きながら、銀座のお寿司屋さんで日本料理を勉強していました。最近は本当に便利になって、コンビニやスーパーで安い惣菜が買えますよね。出来合いの惣菜があれだけ安いと「料理を自分で作ろう」という感覚がなくなり、自分の手で料理をしなくなると人間が持っている本来の生きる力がどんどん削ぎ落とされてしまうと思っています。そういう流れを止めるきっかけになればいいなと思い、誰でも簡単にできる基礎的な料理を教える教室を始めました。
たとえば「鯵(あじ)の千本ノック」という教室では、ひとりに10匹ほどの鯵を割り当てて、ひたすら三枚おろしをしてもらいます。そうすると嫌でも身体が覚えるんですよね。私はいま逗子に住んでいて、そこから近い葉山の朝市では、釣れたばかりの新鮮で大きな魚が200円くらいで売っているんですよ。そうすると、魚を捌ける人は魚を買うことができますが、捌けない人は魚を買えません。「魚を捌く」というひとつの基本的な能力を持っているだけで、魚を丸ごと買えるという暮らしの楽しみが増えるんです。

教室では、初めてでも、骨の向こうが透けるほど綺麗に三枚おろしができるようになった方も多い。意外と小骨を取るのが面倒で、なぜ鯵のたたきがあの値段なのか、自分で捌くことで料理人の手間も見えてくる。画像提供:万行一也
ただ、料理が一番好きなことだったので、「大好きなものだからこその恐怖」と言いますか、自分が料理を教えるということに対してのフィードバックが怖かったんです。「あんまり面白くなかったね」とか「こんなの必要ないでしょ」と言われたら、きっと自分は落ち込んでしまいます。傷つくのが怖くて、確実に良い評価をしてくれるであろう気心知れた安全な人にしか料理教室を開いていませんでした。
そんなときに、ポートランドはスモールビジネスがたくさん生まれている街だと聞き、自分の好きなことをスモールビジネスとして運営するヒントを得られるのではないか。そういう思いで参加しました。
-「Creative camp in PORTLAND」に実際に参加してみていかがでしたか?
ポートランドでは、参加者それぞれが興味のある分野に分かれてグループ行動をしていたのですが、私は「ワークラボ」という働き方を研究するグループで、現地で働く方々にインタビューをしました。
Portland, Oregon from caz on Vimeo.(インタビューでは「好きな事をしていたらいつの間にかお客さんが増えて、商いをする場所やイベント情報を提供してくれる人が現れ、会社になっていた」という話が印象的だった。自分の好きを伝えることが最初の一歩なのだ。動画提供:万行一也)
自由大学の面白さは、「学びの場は用意します。でもそれを活かすも殺すも自分次第ですよ」というところだと思います。そこで私は、「成功している人の話だけではなく、自分たちと同じように悩んでいる人たちの話も聞きたい」と考え、自主的に会いたい人を見つけ彼らにインタビューをしました。実際にインタビューをしてみると、週末に自分の好きなことをしている方も「本業の仕事では残業が多くて大変… 」などと言っていました。「なんだ、日本の状況と同じなんだな」ということがわかって面白かったですね。
家具を修理して販売している方に、「好きなことを仕事にする際のリスクをどういう風に考えたのか? たとえば、人を雇うにしても場所を借りるにしても、また、ビジネスを始めるという決断に対しても、「上手くいかないんじゃないか。生活ができなくなってしまうんじゃないか」ということをどのように乗り越えたのか?」という質問をしたのですが、彼の答えが私のその後の生き方のヒントになっています。「確かにリスクも考えたけれど、自分の好きなことは楽しいからやっているんだよね? リスクを考える前に、楽しいからやるんじゃないの?」と逆に質問されたんです。
その時に、料理を仕事にすることについて「どうやったら人を満足させることができるか、売上を上げることができるか」ということばかりを考えていたのですが、彼の話を聞いて、「ただやればいいんだ! 」ということに気づいたんです。
それからは、毎月1回のペースで料理教室をするようになりました。良い評価をしてくれる人に対してだけではなく、何も恐れずに料理教室をできるようになったことが、ポートランドに行って良かったことですね。これまでは考えすぎていたところがあったのですが、「好きなことを、本当はもっと軽い気持ちでやっていいんだ」という価値観に変わりました。
-他にも何か変化はありましたか?
「やりたいと思ったらすぐやる」という考え方に変わったので、行動を起こすまでのスピードがすごく速くなりましたね。料理教室をやるにしても、「自分で〆鯖を作ってみたら美味しかったから、〆鯖教室をやろう! 」と、すぐに教室を開催できるようになりました。〆鯖を作れる人は絶対カッコいいと思うんですよね(笑)。

完成した〆鯖。「作れるとは思ってなかった!」と、みんな自分で作った〆鯖の美味しさに達成感でいっぱい。主にお酒好きの人が参加してくれた。画像提供:万行一也
あとは人に会うのが楽しくなりましたね。ポートランドで出会った人たちは個性の強い人ばかり。そういう人たちと話すという経験をして、自分と異なる考え方を持っている人たちと話すことを純粋に楽しめる自分に変わりましたね。
それから、チャレンジすることが楽しくなりました。チャレンジをしていくと経験を積み重ねて自信がつくので、「もっと面白いことをしてみたい」と考えられるようになりました。苗字の万行って、「よろずを行う」って書きます。なんでもやるのが私の使命だと勝手に思って(笑)、帰国してからとてもアクティブになったと思います。
-今後は、石川県の酒蔵へ転職されるそうですね。
はい。旅が大好きで車で日本中を旅しているのですが、珠洲焼の作家さんの窯元を訪ねて能登半島に行ったときに、自然が昔のまま残っているような、きれいな山と海に感動したんですね。景色も、そこで出会った方々もとても素晴らしくて。
それでパートナーとも「住んでみたいね」という話になり、物件を見に行ったんです。そのときに、「これまでやってきたITや英語を使う仕事、料理を教える経験が役に立つような仕事ができたらいいな」ということを現地の方に伝えておいたんですね。そうしたら、その方が憶えていてくれて、「酒蔵で人を探しているよ」と声をかけてくれたんです。「自分はこういうことをしたい」と伝えたことがきっかけで酒蔵に就職が決まりました。
料理教室でやっていたことが酒蔵での仕事にも活きると思っています。今後はお酒を販売する仕事をするのですが、自分の武器は、日本酒に合う料理を作ったり教えたりすること。そういう価値を石川の酒蔵から世界へ発信するのは面白いんじゃないかなと思っています。
たまたま酒蔵からお声をかけていただいたのですが、これまでやっていたことがすべてフィットしていて、これは呼ばれたなと(笑)。自分がやりたいことを誰かに伝えていると、いろいろな人がステージを用意してくれたり、情報を提供してくれたりするんです。自分が好きなこととやりたいことを表現するがとても大事だと思いますね。

「能登の景色に惹かれて、住んでみたい! というところからたまたまご縁がつながって行きました」
-万行さんにとって、ポートランドに行ったことが大きな転換点になっているのですね。
そうですね。ポートランドでの経験を経て、自分を表現することの大切さや楽しさを知りました。自分の閉じた世界にこもっているのではなく、人を巻き込んで、誰かに自分を表現してみると化学反応のようなものが返ってくるんですよね。
それから、柔軟性がとても大事だと思います。「やりたいと思ったらやる」、「住みたいと思ったら住む」という柔軟性。やりたいことをやるための第一歩は、どんなステージでもいいと思うんですよね。そこから少しずつ理想の形に近づけていけばいいのです。
シンプルにやりたいことをやって自分が輝いていれば、その輝いている姿を見ている人たちが仕事や場所、情報を提供してくれて、階段を上らせてくれるんですよね。考えすぎると輝きがくすんでいってしまうので、やりたいと思ったらすぐにアクションしたほうがいいと思います。やりたいことができずに足踏みしてしまっているとしたら、考えすぎずにまずは行動を起こしてその反応を待ってみる。それが、やりたいことをやる近道なんじゃないかなと思います。
- 新天地、石川県でのご活躍を期待しています。
受講した講義:CREATIVE CAMP in ポートランド
取材と文:熊谷ゆい子
撮影:JIRO
編集:ORDINARY