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FREE from FREEDOM隔週で発行している「自由大学マガジン」の人気のコラム、FREE from FREEDOM!そのバックナンバーをお届けします。


「なあに、きみは物書きになったっていうじゃないか」店主のじいさんが、白いヒゲをもぐもぐゆらしながら、話しかけてくれた。

古本屋。6畳ほどしかない小さな店だ。ただし、毎週通っても、ラインナップは常に更新されているほど刺激的で常連も多い。学生時代に、ヨーゼフ・ボイスやエリック・ホッファーを知ったのも、『就職しないで生きるには』、ソローの『森の生活』を買ったのも、ここ。ぼくに大きな影響を与えてくれ、おかげで25歳にして大企業を飛び出し、自分の会社をつくってしまったほどだ。「本音に従って、好きなことをやって生きよう」それ以来、自由だけど平坦ではない道を、デコボコと歩んでいる。

「ところで、どんな本を出したんだい?」

店主に聞かれると、実はこんな内容の本でという話を長々とした。当時、デビュー作を出したばかりで、その興奮もあった。若さもあった。発売して1年足らずで4万部。エッセイ部門でその年の全国ベスト4に顔を並べたこと、2冊目もリリース間近であることを、少々得意げに話した。

「それで、社会は少し良くなったかい?」
「…… 」
「本の価値というのは、何万部売れたかじゃない。時の試練に耐え、何十年、版を重ね続けられたか。そして届けるべき人に届いたか。読者に行動を促し、社会が少しでも良いほうへ変わったか。それが本じゃないかとわたしは考えますね」

たしかに、この店には、そういう力のある古典(単に古いという意味ではない)だけしか置かれていない。たかだか1年しか「時の試練」を受けていない本を。ぼくは恥ずかしかったが、促されるまま、リュックから自分の本を差し出した。

「ありがとう、読んでおきましょう」

次の週、おそるおそる顔を出すと、レジの横にぼくの本があり、よくみるとたくさんのドッグイヤー。何ページも端が折られていた。

「装丁、タイトルはともかくね、言ってることは悪くない。どれも大切なこと」

時の試練と、たくさんの人(つくり手と読み手)の手垢がついて、初めて本になる。何十万部売れたといっても、暇つぶし以外に何も残らない本ではさびしいじゃないか。店主のことばに、実は救われてもいた。部数だけが著者の価値のように感じられてしまう、商業出版の世界に戸惑っていたから。

「いつかぼくの本もこの店に並べてもらえるよう、精進します」
「続けること。良い本は1冊書くのに10年かかる。時を経てから判断だ」
2人で笑いあった。

10年たって、その古本屋のシャッターは、もう開かない。最近、高齢だった店主が亡くなったと張り紙で知った。ぼくらの生き方
エッセイマガジン「オーディナリー」も読んでもらいたかった。じいさんだったら、なんて言うか。きっとまた「時の試練」とかいうのだろうな。コツコツ続けます。「あの小さな店に置かれるほどの本がつくれたら」ぼくが死ぬまでに叶えたい、大きな目標の
ひとつです。

text: 深井次郎自分の本をつくる方法 教授)

[自由大学マガジン vol.136 2015/6/10]


カテゴリ: ☞ コラム


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