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「何者でもない期間」の乗り越えかた

出版した著者の座談会「自分の本をつくる方法」卒業生

日々、自由大学にはさまざまな自由人たちが集います。この日は人気講義「自分の本をつくる方法」の卒業生が訪れました。パリ在住の「イラストレーター、絵本作家」たなか鮎子さんと、著者、経営者など複数の顔を持つ「時間ミニマリスト」若杉アキラさんのおふたりを迎えて、教授の深井次郎さんがゆるりとお話をお聞きしました。

左から、たなか鮎子さん、深井次郎、若杉アキラさん

 

人はいつから作家になるのか
あるいは誰もがすでに作家なのか


深井:
今回は鮎子さんがパリから、新しい絵本の出版と個展のために一時帰国。さっき旦那さんのクリスさん(メキシコ人)も、みんなでご飯会をしてきまして。その流れで二次会として自由大学に移動して「まったり著者トークでもしよう」ということになったんです。


たなか:年に数回しか帰国しないし、パリ暮らしでは最近もくもくと制作作業で引きこもっているので、いろんな方とお話しできるのが楽しい。

若杉:鮎子さんの個展、よかったです。ぼくも写真展をやるので刺激になりました。

深井:さて、鼎談テーマは「作家のはじめかた」にしましょうか。

すでに最初からお客さんが付いているなら、話は早いんです。プロとして約束した〆切もあるし、仕事を達成するモチベーションがあるので続きます。でも、たいていのアーティストは、クライアントが付いていません。最初、誰に頼まれたわけでもないわけで、自分のお尻は自分で蹴りださなくてはいけません。スタート時の「何者でもない期間」をどう乗り越えましたか? おふたりにも、実績も肩書もない、自分で名乗るのも気がひけるような、そんな心細い時期があったかと思います。

鮎子さんは、大卒後、会社員としてデザインの仕事をしていましたが、「イラストレーター」としてキャリアはいつ頃から?

たなか:2000年にボローニャ国際絵本原画展で入選したのを「イラストレーター」としてのスタートと考えているので、ちょうど20年くらい経ちます。



深井:国際的なタイトルをとったことが、人前で「イラストレーター」と名乗り始めるきっかけだったんですね。

たなか:自分の絵、名前で認められたのがはじめてだったので、自信になりました。それでも、すぐに仕事になったわけではないのですが。自分のホームページに描いた絵を公開していて、入選をキッカケとして見てくれる人が増えたなと感じました。最初に出版した絵本も、この繋がりで仕事をいただきました。

こちらの絵本は2019年10月に発売された『クリスマスマーケットのふしぎなよる』(講談社刊)

こちらの絵本は2019年10月に発売された『クリスマスマーケットのふしぎなよる』(講談社刊)

 

深井:若杉さんは? 最初はブログを書き始めたけど、読者はぼくも含めまわりの友人知人くらいでしたよね。読者が少なくてもモチベーションは保てた?

若杉:ブログを書きはじめたのが2017年1月。次郎さんの「自分の本をつくる方法」の講義を受けてからです。自分が本を出版する前提で、「作家になったらこういう時間の使い方をするだろう」という気持ちでブログを書いていました。

作家になったから急に働き方、時間の使い方を変えるわけではないと思うんです。多くの作家は作家として認められる前も後も、本人がやっていることは変わらないのではないかと。だから自分も、出版が決まる前から「作家になったらこんな生活だろう」と想定して書き続けていました。


深井:「もし結局どこからも出版できずに終わったら無駄だから」と書き始めない人が多くいます。「やるべきことをやれば大丈夫」と伝えているのに、自分の可能性、未来を信じられない人がいるのは、もったいない。まず「できそう」「できるぞ」と信じられる、セルフイメージの高さが大事なんですよね。

若杉:始めた頃は、まず書く力量をつけなきゃいけないし、書くための時間を捻出する必要があると思っていました。そのためには作家モードに入って熱量を持つことが重要だったんです。何者でもないし、誰も期待していないけど、「本を出版する」と宣言することで自分へのプレッシャーになるので周りにも伝えるようにしていましたね。

 

2019年6月に初の著書『捨てる時間術』(日本実業出版社)が発売1週間で増刷、韓国語版も発売された

2019年6月に初の著書『捨てる時間術』(日本実業出版社)が発売1週間で増刷、韓国語版も発売された



深井:最初の頃って、誰でもヘタじゃないですか。「クオリティが上がってからでないと、人に見せるのが恥ずかしい」と考える人も多い。そこは「荒削りでもいい」という気持ちでしたか?

若杉:書いて練習することが大事なので、ヘタが前提。ゼロの気持ちで、恥を晒すつもりで書いていました(笑)。ブログ投稿をそのまんま本にするつもりはなかったですけど、書ける自分になりたいと継続していました。

深井:本番で人前にさらされる経験が、一番学びますからね。下手なうちから、どんどん人前に晒さないと。

鮎子さんはどうですか? 仙台から上京してデザイン会社から独立されたわけですが。

たなか:私は自分を信じたことはなくて(笑)。独立した段階では、前職から引き続きいただいたクライアントワークと自分のアートワークを並行していました。ずっとイラストレーターではありましたが、「自分の絵を描いている」ことは周りに言っていなかったんです。週末の時間を使って、仕事終わって描いて。それが楽しかったので続けられました。

深井:描くことに目的はあったんですか? いつか絵本を出版したいとか。

たなか:最初、目的はなくて、ただ楽しいから。でもそれだけではいけないかなと思い、賞に応募しようと思って、世界の新人作家の登竜門とも言われるボローニャの賞に応募しました。運良く入選したものの、その後応募した日本の賞は全滅で、まったくだめで。ぜんぜん順調じゃないです。

だから周りの知人には、「イラストレーターだ」とはまったく名乗っていなかったですね。「私はデザインをやってる会社員です」と。私は学生時代から、「勉強してないよ」と言いながら家に帰ってガリガリやっているタイプだったので(笑)。

深井:いたいた、そういう子。仕事として芽が出る出ないに関わらず、純粋に楽しかったから黙々と続けていたわけですね。

たなか:そうですね、やりたいからやっていた。絵を描くことが楽しかったんです。「今年のテーマ」を設定したらさらに楽しくなるし、個展を計画すれば目標もできるし。今一番興味があることをテーマにして、描いたり、企画展をしたりしていました。

深井:創作活動を止めそうになったことはないんですか? デザイン仕事だけで食べられていたと思うので、「デザイナーに一本化して効率よくさらに収入を上げよう」とかはならなかったのでしょうか?

たなか:ならなかったですね。デザインも好きではありましたが、やっぱり「いつかは自分にしかできない仕事を」「自分の絵を描きたいな」という思いがありました。最初の絵本の仕事が決まった頃に夫と出会って、複数持っていた前職からのデザイン仕事をひとつずつ手放しフリーランスになっていってた形です。「デザインをやめたい」と思ったことはありましたが、「絵をやめたい」と思ったことはないですね。

 

 

他者からの評価は、どう受け止める?

深井:鮎子さんは早くからホームページを立ち上げて、イラストを発表されていましたよね。今では当たり前ですが、2000年当時はまだ珍しかったのではないでしょうか。この辺が器用です。アナログはもちろん、デジタルもできちゃう。

たなか:新しい技術やデジタルもわりと好きなんです。だから良い意味で目立てていたと思います。情報過多の今とは時代が違いますね。はじめは自分が見られているという意識がなかったので、聞かれてもいないことをつらつらホームページに書いたり、絵をアップしたり、ぽんぽんやっていました。ただそのあと、アクセス数が伸びて「見られている意識」が出てくると、とたんにプレッシャーで力みだしちゃって… くだらない雑文などが書けなくなってしまいました。

深井:若杉さんは、読者のリアクションは気になりますか? プレッシャーや、自信をなくすような出来事はありましたか。

若杉:幸い好意的なリアクションが多かったので、大きなストレスはなかったですね。投稿しても「いいね」も何もなく反応がないことはありましたが、それにも深い意味はないのかなと。別に投稿が気に入らないから「いいね」を押さないわけではなく、忙しくて見てないとか、見たけど押し忘れた、とかぼくも知人のSNS投稿でよくありますし。アクセス数や「いいね」の数で一喜一憂はしませんでしたね。

本を出してからは、不特定多数の人が読むので否定的なレビューを書かれたりもしますが、これも別に気にしません。「ネガティブな反応もあるだろう」と最初からわかっていたので。

深井:冷静で、動じない心。鮎子さんはどうでしょう?

たなか:「他人からの評価」とはズレますが、海外にいると多くの作家の作品に触れる機会もあるのですが、素晴らしい作品を観ると落ち込みます。「絶対かなわない…」とつい比較してしまって、勝手にへこんでるんですよね。

深井:ありますよね。本でも「すでにこれだけ先人たちの素晴らしい本があるなら、これ以上に紙という資源を使ってまで自分が出版する必要あるかな?」と遠慮してしまったり。「どんなに努力しても、このレベルの作品は一生かかっても無理!」とか。それでも、自分の作品を「いい!」と言ってくれる人は少なくても確実に存在する。

若杉:ぼくはSNSでエゴサーチするんですが(笑)、本の読者からポジティブな反応をいただけるのは嬉しいなと。「本を読んで自分が変わった」とか。DMでメッセージが来ることもあるし、励みになります。

深井:具体的に誰かの心に届いている手応えがあると、続けやすいですよね。ぼくも書き始めた2004年ごろ当時メルマガだったのですが、「誰も読んでない状態」から始めたんですね。登録者も自分含めて3人とか。そこからクチコミで500人、1000人、1万人、1万5千…となっていきました。メルマガを配信した当日や翌日はお便りメールがポツポツ届いて、感想をくれる。会社員をやりながらだし「忙しいからサボろうか」と思う日もあったけど、「彼らが待ってるから」と勝手に責任感も生まれ、書き続けられた体験があります。みんなそんなに待ってなくても、勝手に「待ってる」と思い込む(笑) 

若杉:会った時に「読んでるよ」と言われると嬉しいですね。まったく見られていないわけではないんだな、と。

他人からどう思われるかはコントロールできないので、淡々とやっていこうと決めています。じつはそう考えるようになったキッカケがあって、新卒時代に『チューボーですよ』の「未来の巨匠」のコーナーにTV出演したことがあるんですよ。その時、反響が大きくて。ぼくは大学4年間を飲食バイトばかりに打ち込んできて、友人たちからは就活をしない「痛い人」だと思われていた感があるんです。でも「若き料理人」としてテレビに取り上げられた途端に反応が変わったんです。急に「すごいね」とか言われ出して。やっていることはずっと同じだったんですが。

他人の評価はコロコロ変わるし、表に出るまでは見えないものだから、「目標に向かっている時に評価を気にしても仕方ない」と考えるようになりました。周りからどう思われるか気にせずに、淡々と続けようと。

たなか:私は他人からの評価が気になるタイプです。人の意見を聞いて、変えてしまうタイプ。だから作品も、振れ幅が大きくて。先がわからない、生き物的な作風だと思うんです。石みたいな「しっかりした作風」が好きな人には好かれないなと感じています。私の持っている空気感が面白そうだなと感じる人が響くようです。

客観的に自分のいいところ、よくないところを把握できないこともあって。私の本質を他人のほうがわかっているなと感じることがあります。

深井:だから鮎子さんは、よく編集者やギャラリーの方などまわりの意見に耳を傾けていますよね。エゴや思い込みが強い作家ほど、聞く耳を持つ柔軟性をもてないことも多いですね。

たなか:グッとのめり込んでいるときより、少し気がそれている中で作ったもののほうが私らしさが出ていることもあります。自分の感覚が揺るぎないものではなくて。自分がこうだ、と思って作った作品だから私らしさが出るわけじゃない、という経験があります。

 

 

つくり続けるための習慣

深井:作品を作り続ける、書き続けるための習慣はありますか? 本を1冊書くのは数ヶ月間マラソンを走るようなもの。例えば、ぼくの場合だったら、朝起きて2時間がもっとも脳がクリアなゴールデンタイムで、そこに創造的な仕事を持っていくと決めています。なので、その時間は誰ともコミュニケーションはしませんし、メール返信や移動時間に使ってしまうなんてできない。ウルトラマンの3分のようで貴重なものです(笑)。コミュニケーション仕事はできるだけ14時以降。

若杉:ぼくも同じです。午前中に集中力を使う系のことはやります。最近始めたのは「寝る、起きる時間を決める」こと。23時には寝て、自分は7〜8時間寝るのがちょうどいい。いろいろ試して、「寝る前にスマホを見ないこと」が睡眠の質を上げると自覚したので意識しています。やっぱり、寝起きのスッキリ感が違うんですよ。

たなか:私は、ゆったり始める生活です。朝起きて、カフェでコーヒーを飲んで。絵を描くのは一人でやる仕事なのですが、人のいる環境で作業するのが好きですね。人が仕事をしているのを見るのも好きなので、午前中はカフェでアイデア出ししたりラフを描いたりして、午後は家でできることをラジオを聴きながらやったり。

もっと大きなスパンでは、1年ぐらいのスケジュールを考えるようにしています。ざっくり個展の予定を立てたり。私は大きく環境を変えるのが好きで、数年ごとにロンドン、ベルリン、パリと移住をしています。この引越しが自分にとって節目になっているなと感じます。他にも日本に一時帰国したり、アルルにある知人のアトリエで作業するなど。ずっと同じ仕事をしているけど、ガラッと環境を変えることで頭が活性化されます。ご褒美というか、ここまで頑張ったら次の切り替えができるなと。

深井:では最後に。今後の予定など聞かせてもらえますか。

若杉:初めて本を出版して楽しかったので、2冊目を出したいなと思っています。知らないことを調べて、言語化するプロセスが楽しい。テーマは1冊目の「時間術」に縛られず、別のテーマにも取り組んでみたいですね。

たなか:2020年1月に新しい絵本を出すのと、その原画展があります。他にも自分の作品の個展を2月に銀座でやる予定です。私は個展をするのが好きで。空間をつくるのが好きなので、それをできる個展が面白いんです。今後の目標は「もっと物語をつくること」。絵をずっとやってきましたが、もっと言葉も合わせてどんな世界を作りたいか具体的にしていきたいと思います。

深井:ありがとうございました! 今日は楽しかったです。また集まりましょうね。



<プロフィール>

たなか鮎子 (絵本作家 / イラストレーター)
1972年福岡県生まれ、宮城県に育つ。 パリ在住。 ロンドン芸術大学チェルシー校大学院修了。東京のデザイン会社勤務を経て独立、個展を中心に活動中。2000年ボローニャ国際児童図書展の絵本原画展入選。最新の絵本は『クリスマスマーケットのふしぎなよる』(講談社刊)。公式サイト http://ayukotanaka.com/


若杉アキラ(時間ミニマリスト/週3起業家)

1983年生まれ、会社員を経て、27歳で不動産会社を起業するが多忙な毎日に限界を感じ、時間のミニマル化を実践。現在、週3日だけ働くペースを実現している他iPhone写真家として個展も開催している。初の著書『捨てる時間術』(日本実業出版社)は発売1週間で増刷が決まり、韓国語版も発売された。公式サイト  http://www.akirawakasugi.com/

深井次郎 (自由大学 学長 /「自分の本をつくる方法」教授)
1979年生まれ。大卒後、IT系上場企業勤務を経て、25歳で起業。20代でベストセラーを含む4冊の著書を出版。その経験をいかし2009年「自由大学」創立に教授、運営ディレクターとして参画。自由に生きる人を増やすのがミッション。(株)オーディナリー代表。


講義:「自分の本をつくる方法」 https://freedom-univ.com/lecture/ownbook.html/

 

文章:むらかみみさと 
写真:YUKI

 



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