講義レポート

発行人という生き方と出会う

「Publisher入門」 講義レポート

 私は、教育会社の教材開発を担当するクリエイティブ・ディレクターで、普段は教材や動画などをつくっています。

 ある日のこと、特段の理由もなく「このまま家に帰りたくないな」という気持ちをもてあまして、私は、駅から自宅へと続く夜の商店街を歩いていました。理由のないこのもやもやは、いい音楽を聴けば治るかもしれないと、それまで一度も入ったことのないミュージックバーの扉を開けました。そこでアナログレコードを聴かせてもらっているときに、このバーの並びの古書店で買った北欧の若い写真家のミニプレスをふと思い出して、「私も何か個人的なことをしたいのだ」と気づきました。

 そこで、「ミニプレス」を検索してみるとすぐにこの講座「Publisher入門」を見つることができましたが、すでに満席で期限も過ぎていました。それでも申し込みに記入し、それが例外的に認められて、この講座の13人目の参加者となりました。

 最初の授業を受けるためにCOMMUNE 2ndの教室に入ってみると、すでに参加者たちの多くが席についていました。柔らかさの中に芯があるような、そんな場の空気がありました。

 ほどなくして始まったこの日の授業は、見知らぬ者同士の初対面のぎこちなさを含めて、とても居心地のいいものでした。キュレーターは、自身も発行人であり、編集や文、写真、デザイン、印刷、販売などの全てを一手に担える特別な人物。物腰やわらかく聴く耳が良く、ロジカルでリリカルという稀有な存在。この日の講師は、美しい本をたくさん見せてくれたオンライン書店のオーナー。ワイルドな見た目とは裏腹にスウィートな世界を持つ、ヴィンセント・ギャロのようなスタイリッシュな漢。


 参加メンバーは、なるほど「Publisher入門」らしいな、と思えるユニークな人たちで、年齢や職業は様々。編集やデザインのプロを始め、独自の小説執筆や絵画、装本、大学で個人出版の研究をされている方、自由大学で学び続けている方々など多彩な顔ぶれ。この後に続く、全5回の講座やランチ、懇親会などを通じて互いの個性や価値観を知り、分かち合うことが出来たのは、出版という表現をともなう講座ならではの魅力でしょう。

 私は、数回の授業を受けながら、自分の“想い”とこの講座での学びがどのように化学反応を起こすのか、あるいは織りなせるものなのかを悩んでいました。たとえば、個人的な出版物である「Zine」の面白さのひとつは、少部数なら負担が軽く、それ程売れないとしても続けていけることです。もしも、そういった出版物が、いまの10倍も世の中にあったとしたら、それはとても豊かで素晴らしいことだと思います。

 一方で、この講座が示唆するところには、「売れないと続かない」「やるときにはやる」「売ることも考える」というマネジメントの観点があり、このことと、「マーケティング発想をせずに、自分の好きなことを極める」こととの掛け合わせは、かなり複雑なものに感じられました。さらに、社会やコミュニティにおける発行人の役割や責任、出版の経営課題をも含む問題へとしだいに視野が広がり高度になっていく中で、ある時点で私は、「何か個人的なことをしたい」という“想い”を一旦横に置いて、もう一度、自分の内側から考え直してみることにしました。

 そこに時間を使って、「自由を諦めない人たちと出会い、その輪を広げて伝えていきたい」という新たな動機を掴みました。

 私はこうやって、まず、純粋に自分事を題材とした文章を書いてZineをつくり、その後、新たな計画として自由をテーマにした出版企画をつくっていきました。

 いま、全5回の「Publisher入門」を振り返ってみると、出版に興味を持ち始めたばかりの私にとって、まさにぴったりの授業でした。出版に関わる考え方や本づくり、販売・流通に至るまでの幅広い知識は、発行人としての活動がどうのようなものなのかを知るための多くのヒントとなりました。

 また、ずっと苦手意識のあった文章を今回初めて表現として書いてみて、遅まきながら、ものを書く喜びの一端を知りました。

 そして、発行人の三人と書店オーナーからの直伝の学び。これは、ほかでは得難い実戦的なものでした。本質的な問いを重ねて、なぜ自分が発行人となって本を出版するのかを深く考える機会が得られたことは、私がこれまで一度も考えたことがなかった「発行人」という生き方を、自分でも試そうとするきっかけとなりました。

 

 自由大学での学びの体験は、私の成長への大きな力です。そのことに心から感謝しています。

 

words:第1期 山田義博

 



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