講義レポート

旅という物語

「新旅学のすすめ」キュレーターコラム

「旅行」という言葉と「旅」という言葉。講義でも最初に取り上げるこの言葉の違いは様々な発見を与えてくれる。
僕にとってその違いを初めて体験できた経験をここに記したいと思う。


ありきたりな海外旅行から一歩脱却したと実感できるのは、その旅の最中ではなく、時間がだいぶ経ってからなのかもしれない。旅の中で、何か実感のあるモノを手に入れることや旅を通して腑に落ちる経験を重ね、じっくりと考え、改めてそれを振り返りストーリーを編集して繋げていく時に、いよいよ脱却できたと実感できるのではないだろうか。

そんな機会に恵まれたのが2015年の5月。まだ朝晩の寒さが残るけれど花も咲き始めたフィンランドの首都ヘルシンキだったのを覚えている。ホテルからヘルシンキ南部に広がるデザインディストリクトに向け、街中を歩いていると、ヴァップという5月1日のメーデーを祝うフィンランドのお祭りで若者たちが飲んだお酒の空き瓶がいたるところに転がっていた。デザインディストリクトといっても新旧デザインを扱うお店があるほか、レストランやパン屋、コーヒーショップ、美術館とフィンランドのライフスタイルが詰まっている。このエリアをあてもなく歩いていると1軒のヴィンテージショップの前で足が止まった。

「HELSINKI SECONDHAND」という老舗のヴィンテージショップ。ここの地下に通じるガレージを進むとヴィンテージショップ独特のモノの埃っぽく、そして人の温もりを感じる“香り”が迎え入れてくれる。今までは、ヴィンテージというモノ自体にあまり興味がなかった僕はある種の冷やかし気分で地下に広がる店内に歩みを進めた。店の中には、ミッドセンチュリーといわれる1950年代60年代頃のモノから現在の日用品と呼ぶにふさわしい陶器やガラス製品からさらには家具までが陳列してあった。

すると奥のショーケースにふと目が留まった。そこには日本を感じさせられるハンドメイドの徳利とお猪口が綺麗に並んでいたのだ。何気なく手に取り、裏のスタンプを見てみるとそこにはフィンランドの老舗陶器メーカーのARABIAのマークが印字されていた。日本のモノだと思って手にしたわけなので、そいつは本当にフィンランドのモノなのかと店主に詰め寄ると、前日のヴァップのせいで二日酔いの気だるそうな店主は、このモノが1950年代から60年代にARABIA社の中でアーティストが自由に発想し、デザイン・創作ができるART DEPERTMENT部門が創ったTarinaというシリーズだと丁寧に教えてくれた。

人の温もりを感じさせる手彫りのイラストとぼってりと女性を感じさせるフォルム、そしてなんといっても日本を感じさせてくれる造形美に惚れ込みヴィンテージとしては、少し値は張っていたのだが購入してみることにした。

これが僕とヴィンテージとの出会いとなった。改めて日本に戻りこのTarinaの言葉の意味を調べてみると、Tarinaはフィンランド語で「ストーリー」を意味していることを知るのであった。

一年に一度の後の祭りに初めて手にしたヴィンテージの温もり、香り、そして二日酔いの店主。
全てが一つのモノを通して繋がる物語になり、ありきたりな「旅行」が特別な「旅」へと変わっていった。

そして気づけば2年の時が過ぎ、2017年。

続けている北欧の旅とそこで出会った人のインタビューをまとめたマガジンa quiet dayも2年間出版し続けて今号で8シーズン目を迎えた。

a quiet day Season7はこちらから



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