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大事なものはいつも足元にある(前編)|中村真

メールマガジンコラム FREE from FREEDOM!

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隔週で発行しているメールマガジン「自由大学マガジン」の人気のコラム、FREE from FREEDOM!そのバックナンバーをお届けします。


 

思えば今から20年ほど前、海外での放浪を終えた僕はワクワクしながら日本へ戻ってきた。旅にしても暮らしにしても、一定期間日本を離れていると、逆に恋しく、それまで気が付くことのなかった日本の魅力に気が付く、そんな経験はみなさんにはないだろうか。

20代前半。当時の僕はものすごい狭い視野の中で、今思えばやや自虐的に「日本なんて面白くない」と安易に決めつけ、どこでもいい、ともかく日本を飛び出したいと思っていた。

そしてある時にほんの少しのお金を持って、「一番遠くの国へ行く」という漠然とした理由だけでブラジルに、ワケもなく急いで旅立ったことを覚えている。今から20年前の南米は、それほど多くの日本人が旅先にする国ではなかったから、加えて旅慣れていない当時の僕にはなかなか刺激的で、その時の経験や体験、ちょっとした気付きが今の僕に繋がっているのは間違いない。

その中でも印象的だった気付きのひとつは旅で出会う多くの人と交わしたあいさつの中にあった。「君はどこからきたのか? 僕は○○という国から来た。僕の国の政治は・・・、歴史的には――」と自己紹介から祖国の説明、そしていつの間にか始まる祖国自慢・・・。

「日本なんて面白くない」という浅い理由で日本を飛び出した僕にとってはともかく衝撃的で、はじめて「自分の生まれた国を自慢しない自分」に気が付いた。さらに考えると、自慢「しない」のではなくて「できない」ってことにも気が付いた。自慢をするにはもちろん、その国について自分なりの理解と認識が必要になる。当時の僕にはその理解と認識がまるでなかった。でも否定はしていたという、今思えば恥ずかしい限りだが、旅に出る前の僕は自分の命を育んでくれた国について、本当に無知であったことを思い出す。

様々国の人と出会い、話す度に僕は自分が「日本人」であることを日に日に意識するようになっていった。自分が「日本人」であることを、その無知で無謀な旅が教えてくれたように思う。

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text: 中村真神社学 教授)

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