ブログ

よっしー(吉永隆之)|FLY_023

やりたい、やりたくないよりも、大切なこと。

rectangle_large_df670963aef50578000a6119e8d8cdc6

よっしー(吉永隆之|プロジェクトマネージャー)自由大学では「脱藩学」「ソーシャルデザイン学」「TOKYO コーヒーライフ」「アプリクリエイター道場」を受講。大手コンサルタント会社に勤めながら、並行して脱藩学のキュレーターに。2014年、Code for Japanのフェローとして、浪江町の臨時職員になる。任期は2015年8月いっぱい。任期満了まで4カ月を切ったよっしーが、フェロー制度で得た大きな発見を語ります。


 

Q.自由大学に来た経緯は?

転職することが決まって、まとまった時間ができたので、以前から気になっていた自由大学に通うことにしました。震災後すぐに動いた人たちを見て、自分も何か起きたときに自由に動けるように身軽になろうと。「脱藩学」を受ける前からぼんやり考えていたんだけど、脱藩学を受けて、よりそう考えるようになったんです。自分とは違う仕事をしているカッコイイ人たちと同じように働くにはどうしたら良いだろうと悩んでいました。

Q.通ってみた感想は?

自由大学は、楽しかったです。利害関係のない仲間というのはこんなに楽しいのかという。

講義を受けた縁で、いろいろやってみたいことに挑戦ができました。もしかしたら新しい才能に目覚めるかも、とトライして“違う道”を模索したけど、結果はね、できないことが多かった。もともと面倒臭がりなんですよ。クリエイティブな仕事にあこがれるけど、人を驚かせてやろう、楽しませてやろうというモチベーションはありませんでした。そう考えると、仕事だったとは言え、10年続けて来られたITの仕事は合っているんだろうなと。やりたい、やりたくないよりも、やっていて苦じゃないものに気づきました。

最初はプロマネで食うぞ、という感じじゃなかったんだけど。これで食べていくっていうことが決められたら自由に働けると思って、そう言っているうちに、自分の中でも「どこでも通用するプロマネをやる」という形に固まっていきました。

脱藩学のキュレーターをした後、よっしーは勤め先を辞めて「Code for Namie」のフェローになる。今は赴任先の福島県双葉郡浪江町で、福島と浪江町の今を知るアプリ「なみえ新聞」などのプロジェクトマネジメントをしている。

Q.退職してまで赴任した、Code for Namieでの体験は?

一番面白いなと思うのは、自分が発揮している価値を意識するようになったこと。東京で働いてきて、例えば年収が700万円だったとして、今は半分くらいになっている。その時、自分の出している価値は350万円以上になっているのか、自分が過去にもらってきた給料分くらいは、きちんと価値を発揮できていないと意味がない。そして次の仕事ではそれ以上の価値を発揮しなければならないと考えたり、仕事とシビアに向き合うようになりました。

フェロー制度では、復興庁に臨時職員として雇われることになります。スキルは関係なく、点数制で雇用契約を結ぶ。だからプロマネでも一般職と変わりません。福島に来てから、復興の現場では、いろいろな技術を持った人が求められていることを知りました。どうにかできないかと思っていますが、やれることは現場にできるだけ多くの人が入り、一人ひとりが地道に結果を出していくことだと思っています。地方創生、地域おこしをしたくても、現場で専門的なスキルを磨いてきた人が、入っていかないと結局は何も変わらずに終わっちゃうんじゃないかという危惧もあります。

Q.自分の仕事とは別に、仕組みも変えたい?

というよりも、やっぱり一人じゃ何もできないんですよね。特に東京の大きな会社に勤めていると、“職業”がすごく縦割りに細分化された“分業”だということがよくわかる。行政として、一人で全部できる人を求めちゃう傾向にあるのかな。ホントは細かく切り分けて、適正な相手を選んで頼むことが必要です。貴重な税金を少しでも最大限に活用してほしいから、次に繋がるように何を残していけるか、模索しているところです。

Q.今後のビジョンは?

まずは任期が終わる8月まで、フェローの仕事に集中する。やらなきゃいけないことが、まだまだたくさんあるから。その先のことはまだ決めきれていません。東京に戻ってきて、再就職するのか、誰かとチームを組んで働くのか。

フェローを経験してよくわかったことは、私自身は、外から地域に入って盛り上げる旗振り役をするタイプではないこと。だから逆にそういうことをしている人の話を聞いてみたいと思った。私自身は浪江町に関わったから、顔を知っている浪江町の人々とは、これからも何かしたいという気持ちがあって、今後も引き続き浪江町の人たちの力になりたいと思っています。

【取材後記】4月15日、ちょうどよっしーが特集されたニュースがウェブ公開。上の動画です。今回の記事は3月26日、東京に打ち合わせで帰省していたよっしーに声をかけて、インタビューした話をまとめました。よっしーが浪江町に行った経緯はgreenz.jpの記事を読んで知っていたけど、今現在はどう感じているのか真正面から語ってもらいました。“現場”という言葉の意味を実感した姿はたくましかったです。

(インタビューした卒業生: #新井優佑

【関連サイト】
Code for Namie
浪江町フェローシップ 初代フェロー吉永隆之さん突撃インタビュー「ぶっちゃけどうだった?!」そして、次のフェローへのメッセージ
人生を丸ごとかけずとも、できることはある! 文系エンジニアの吉永隆之さんがサラリーマンを辞めて、浪江町の復興にたずさわるまで|greenz.jp


 

FLY(フライ)は、自由大学の卒業生が登場するインタビューコーナー。自由大学に通い、新しく見つけた自分の姿。卒業して、踏み出した一歩は小さくても確かな手応えをもって、新しい日常の扉を押し広げます。卒業生が体験した、自分らしい転換期の話をお届けします。



関連するブログ