ブログ

雄勝硯復興プロジェクト

自由大学プロジェクトストーリー/小酒ちひろの場合

自由大学プロジェクトストーリー「雄勝硯復興プロジェクト」(小酒ちひろの場合)

キッカケは「寂しさ」。書の文化から学びを生む

(はじめに)

寂しさは、照らす。

例えば、子どもの頃に100円玉を握りしめて通った駄菓子屋は、今はもう日常生活に見当たらない。でも、あの時10円のガムや飴を買って「楽しい」「嬉しい」と感じた喜びが今も鮮明に蘇るのは、失った今だからこそ感じることのできる「寂しい」という感情のおかげなんじゃないか。だから、寂しさは、自分自身にとって大切だった体験に光を当ててくれる。今回はその光を美意識と呼びたい。

「書っていう日本の大事な文化を支えてきた硯産業そのものの復興無くしては、やっぱり寂しいんじゃないか」

自由大学の小酒ちひろさんも、寂しさを口にした。小酒さんは、流石創造集団、メディアサーフとともに自由大学が取り組む「雄勝硯復興プロジェクト」のメンバーだ。2013年にスタートしたこのプロジェクトの取り組み、そして小酒さんの美意識が書の魅力に光を当てていった過程を聞く。

16

小酒ちひろ(自由大学ニューヨーク支部長)自分の本をつくる方法」第6期を受講後、「入門日本酒学」「自分軸をつくる占い」のキュレーターを経て、自由大学クリエイティブチームへ。「スタイル発見学」「社内起業学」「星空コンシェルジュ入門」などの講義を立ち上げる傍ら、自由大学のプラットフォームを整える。表参道COMMUNE246キャンパスへの移転後、2014年10月〜2015年5月まで学長を務めたのち、2015年6月に夫の転勤に伴い、ニューヨーク州ポートワシントンへ。アメリカでの第一子出産も控えつつ、異国の地からクリエイティブチームを支えている。

手書きが減った今だから、手で書く文字を再考しよう!

「雄勝硯復興プロジェクト」は、経済産業省の東北経済産業局が公募する復興支援プロジェクトの一つとして、2013年に発足。以前から、雄勝硯生産販売組合と縁のあった黒崎輝男さん(自由大学ファウンダー)の呼びかけで、流石創造集団、メディアサーフと自由大学が手を取り合い、雄勝硯産業の復興、そして書の文化の再興を目標にスタートした。

2013年度には書家をはじめとした有識者へのインタビューを含む文化調査を行い、伝統と現代性を踏まえた新しい硯をデザインし、展示会を開催。2014年度には書道店をはじめとした販売者へのインタビューを含むマーケット調査を行った。また、ストックホルム、パリ、ロンドン、ポートランド、京都、東京の6都市で、2013年度に制作した硯の展示を行うとともに、書の文化を伝える企画展を実施。アルファベットとは異なり、文字に意味が込められている表意文字としての漢字の魅力を、象形文字を書くワークショップを通じて、来場者と分かち合った。

17

学びをつくる自由大学では、この3カ年で「文房具にこだわる~硯編~」「石巻・雄勝硯ツーリズム」「硯職人弟子入り体験プログラム」「もう一度、書道」という4つの講義をリリースしている。どの講義にも、文字を打つようになった今、改めて書や文字の文化を再考する深い学びの時間があった。「硯職人弟子入り体験プログラム」では、実際に職人の手ほどきを受け、雄勝石を削り出し、オリジナルの硯を作る体験の場も用意した。

しかし、宮城県石巻市雄勝町の硯産業を復興するだけであれば、企画展や授業を通じて書の文化を改めて伝えるという“遠回り”をする必要はなかったはず。なぜ、書を改めて考え直す“機会づくり”を行ったのだろう?

「『どんな字を書きたいですか?』って質問したら、きっと『とりあえず綺麗な字を書きたい』って答えるはず。でも、『じゃあ、綺麗な字って何だろう?』と考えたら、小学生の習字の時間に見ていた“お手本”が思い浮かんじゃう。とはいえ、みんなが同じ字を書いていてもつまらない。だから、『本当にそれでいいんだっけ?』ということから改めて考えてみる。すると、自分の求める字や書くために最適な道具、環境までこだわりたくなる。手書きをすることが減った今だからこそ、文字を手で書くことについて改めて考えてみるチャンスがある。すごく回り道に見えるかもしれないけれど、書全体の面白さを体験する人が増えて初めて、雄勝硯の産業復興はあるんだろうなって思うんです」

そう話す小酒さんは「名筆と言われる先人たちが残してきた書の美しさの伝統を踏まえて、自分の創作に踏み出していけたら楽しいですよね」と笑顔を見せた。

寂しさから始まった学びの道が書の授業に結びつく

自由大学で開講した「文房具にこだわる~硯編~」「石巻・雄勝硯ツーリズム」「硯職人弟子入り体験プログラム」「もう一度、書道」、この4講義は全部、小酒さんがキュレーションを行った(「もう一度、書道」は、クリエイティブチームの花村えみさんと共同キュレーション)。しかし、今でこそ書の魅力に引き込まれている小酒さんも、最初から書に精通していたわけじゃない。2013年度、2014年度の調査を通じて、小酒さんは書の文化を知っていく。

「小学校ではプラスチックの硯を使っているところもあるそうなんです。驚愕しました」

書道教室や学校の授業はもちろん、書家の中にも、墨をすらない人は多いことを知り、小酒さんは、「だったら墨をする意義や書という文化を改めて考えていく必要がある」と感じた。

18

また、小酒さんは、2年間の調査を通じて日本の書道文化を支える職人の数が減少しているという事実も知ることになった。例えば硯職人なら、現在日本には約20名しか残っていない。硯になる雄勝石を採掘する人にあっては、実のところ一人しかいなかった。

「小学校でプラスチックの硯が使われていることも、書の産業に携わる人の数が減っていることも、このまま書道の文化が失われてしまうと考えたら、寂しいし、悲しくなりました。だからって、小学校に石の硯で墨をする時間を作るように働きかけるといった大掛かりなことをいきなり始めることはできないので、だったら『自分が使うとしたらどうだろう』ということから考え始めようと思ったんです」

寂しさを原動力に変えて、小酒さんは書の文化を学んでいく。

19

硯で墨をすると何が違うのか。どんな感覚を得られるのか。実際に墨をすり、書の精神性に目を向けた。すると、心が静まる実感を覚えた。また、書家に支持されている中国産の硯と雄勝産の硯にはどんな差があるのか。石をルーペで拡大して見比べることも体験した。なぜ、硯が雄勝で生まれたのか。産地に赴き、どう育ってきたのかを体感することもした。小酒さんは、日本の自然美と、書道のミニマルな美に共通項を見出すようになった。

書は硯だけではない。墨、筆、和紙があって、書が文化になる。その4つの道具を文房四宝と呼ぶことを知った。その「四宝」には、それぞれに深い世界があることに気づいた。また、「文房」には「書斎」という意味がある。書の文化は、取り巻く環境を含めて価値があることを学んだ。一方、文字に目を向ければ、表意文字と表音文字の違いに気づく。文字は偏とつくりに分かれており、それぞれが意味と音を表している。加えて「山」「川」「木」のように実物の絵が変形して生まれた漢字もある。文字にも、数々の学びがあった。

「最初は、硯で授業を作るとしても、どう広げていけばいいのかわからなかった。でも、雄勝硯を元気にしようと向き合っていく過程で、『硯のここが面白い。もっと学びたい』ということに気づいていった」

その気づきの連鎖が、4つの授業を生む源泉になった。

(最後に)

現在、小酒さんはニューヨークに住んでいる。日本を離れた今、「雄勝硯復興プロジェクト」とどう関わっていくのだろう?

「どうしましょう。ニューヨークで硯の展示販売をしてみるとか。せっかくだから、アメリカにいながらできる取り組みをしていきたい」

小酒さんは、寂しさという個人の感情から、書の文化と出会う美意識を持ち、学びという共有財産を得た。だからこそ、流石創造集団、自由大学、メディアサーフの3者が取り組む「雄勝硯復興プロジェクト」と小酒さんの日々は、これからも続いていく。

(ライター: #新井優佑

【関連サイト】
雄勝硯復興プロジェクト

自由大学「もう一度、書道」

「特集」とは、自由大学にゆかりのある人から、ご自身の活動をゆっくり聞くコーナー。活動を通じて、それぞれが得た学びのエッセンスを紹介。

 



関連するブログ