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クリエイティブチーム日記vol.73 「年の始まりは原始的に」佐藤大智

毎週火曜日にクリエイティブチームのメンバーが日々のできごとを綴ります

クリエイティブチーム日記

クリエイティブチーム日記は、毎週火曜日にクリエイティブチームのメンバーが交代で書く日記。今週は佐藤大智です。

今年、最初に書くクリエイティブチーム日記なので、年末年始の休みの間に感じたことを書こうと思います。

みなさんはどうすごしましたか?
本を読んだり、映画を観たり、寝たり、飲んだり、食べたり、親戚や友達に会ったり、神社に行ったり、すごし方はいろいろあると思います。年末年始は仕事モードな自分を抜きにして、やりたいことをやれる時間ではないかと思います。

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僕は上の書いたようなこともしつつ、地元の友達4人くらいと4日間毎日遊んでいました。鉄を赤く熱して叩いて研いでナイフを作ったり、トレイルランニング(山を走る)をしたりしていました。トレランは毎年恒例になってきていて、去年はトレランの他にピザ釜を庭に作ってピザを焼いて食べたり、軍鶏をさばいて食べたりしました。

ただ楽しいからしてるのですが、なぜスーパーで鶏肉が売っているのに軍鶏を血抜きしてさばいて食べるのか、なぜネットで注文すれば多機能なナイフが翌日には手元に届くのに金槌で鉄を叩くのか、なぜこたつがあるのに山を走り回るのか、自分の中で明確な理由がわかりませんでした。

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友達と飲んでいて仕事の話になりました。自由大学界隈では「本質」という言葉を日常的に使っています。少なくとも僕は何をするか、どうやるか決めるときは意識しています。でも、友達は「そんな言葉を一度も職場で使ったことないよ」と笑いながら驚かれました。そんなことをまったく意識しなくても彼ら(彼女ら)は日常を楽しそうにすごしています。

そこで、はっとしました。自分は無意識的な喜びが減ってしまったのではないかと。要素に分解して、現象を理解し、本質をあぶりだそうと意識の世界で生きるようになり、無意識的な喜びが減ってしまったのではないかと。さえずる小鳥は、僕ら人間のように自己意識の強い生物が決して感じることができない深い無意識の喜びに満ちているではないかと。真理という概念やすべては科学で解明できる、すべてを理解しようという人間の志が悪夢の源泉かもしれません。

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話がだいぶお正月から離れましたが、年末年始の休みのときにすることは、普段「時間があったらこれをしたいのに」と思い浮かべることとイコールのように思います。たくさん寝たり、美味しいものを食べたり、家族や友達との時間をゆっくりすごしたり。そこには自分のプリミティブな喜びが含まれているのではないでしょうか。そしてそれはおおむね無意識側の自分がもとめていることとつながっていると感じます。日常生活で「時間があったら」と枕詞がつくことは、意識側の自分に後回しにされている無意識側の自分の欲求、喜びかもしれません。
お正月だけでなく、今年は時々無意識側の自分に耳を傾け、プリミティブな喜びを大事にしていきたいと思います。



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