講義レポート

11月19日に東京染色工業協同組合主催・自由大学が監修の講義、「ものがたりを纏う。江戸小紋/江戸更紗」の講義レポートを八児美也子さんがあげてくれました。

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「着物」「染色」「職人」「伝統」「江戸小紋」

新宿という大都市でこうしたキーワードをどれだけの人がイメージできるでしょう。表参道のキャンパスを飛び出して、今回の学びは神田川のほとりにて、江戸小紋の染の技「おあつらえの一品」ができるまでの工程から、日本の伝統の今を見つめます。

 

【先人の積み上げを絶やさないということ】

工房見学と染め体験を江戸時代より受け継がれる染色工房の富田染工芸で行いました。板版やハケに覆われた天井の低い工房に入ると、ほどよい湿気と人の熱気に包まれます。なんともいえない、でもどこか懐かしい空気。そして黙々と一呼吸ごとにハケを真っ直ぐすべらせる職人の手さばきの鮮やかさに思わず心奪われます。

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「江戸時代からずっと同じことやってんの」

職人さんの語り口は実にすがすがしい響きです。その響きの裏には、この場所で重ねられてきた先人の知見、技術の積み上げを担っているという充足感や誇りが垣間見えました。

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「伝統」という言葉には、どこか特別で稀少なイメージが伴うこともありますが、そもそもは日本に住まう人々の日常の営みから産まれた必然性、あるいは、生活の余白から産まれた身近なもの。私たちが思うよりもずっと敷居が低く、自然の摂理のなかで楽しく生きるためのいわゆる「生活の知恵」であって、もっとも親しむべき存在なのかもしれません。目には見えにくい『生活の知恵』を粛々とつないでいるのだ、そんな「生活の守り人」としての誇らしい声が言葉の端々から感じられます。
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【「おあつらえ」を生活に取り入れるということ】

餅・米・糠と状態の変わりやすい素材で作られた糊、型紙での柄のせ、依頼人の要望にあわせて職人の勘所をフル稼働させる色作り、しごき、水元(=糊を落とすための水洗い。東京オリンピック以前は水量や流れの強さを利用して各地の川で行われていました。今は工房内の施設で行われています)、蒸し。人の技術の尊さはもちろんのこと、自然の素材や条件の助けを借りずには江戸小紋のこうした「あつらえの仕事」は生まれません。

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そのことを思うと、目にする着物の裏側に見える人々への尊敬の気持ちだったり、作品が産まれる環境に出会うことがいかに奇跡的なことかがみえてきます。そこに対し、どこまで対価をおさめ、どのように身に纏うことを楽しむか、日常生活を彩る選択肢が増えていきます。

【「祈り」「季節」を身に纏う】

そんな途方もない奇跡のなかで産まれた「あおつらえ」を、現代生活にどう取り入れるか。

後半はスタイリストとして秋月洋子さんキサブローさんが柄に込められたメッセージと共に自由かつ、すべての要素がお互いを活かしあう、素敵なコーディネートをあふれんばかりの知識とともにシェア。また、参加者、職人もまざりあっての熱のこもったコミュニケーションが繰り広げられました。

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もともと武士の裃から発展した江戸小紋の魅力は、近くでしっかりと見ないとわからないほどの細やかな柄。武家それぞれに定められた柄―たとえば徳川将軍家は「御召十」をまとい、一方、”厄落とし・当たらない役者を降ろす”とかけた「大根おろし」や「節句」など、日常生活シーンをヒントに産みだしたユニークな柄のなかに不老長寿・無病息災などの祈りを込めて身に纏っていたようです。

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「身に着けるものは身を守るもの」という発想。

「身に纏う」という言葉は着物のように見た目も懐も大きな、心が「心地いいもの」を体にまきつけるようなイメージを連想させます。寿命が今より短い当時は、纏うものが、生きていくなかで自分の身を守るものであり、そこにはいつ散るかわからない自分の人生を「どう生きていたいのか」といった人々の祈りだったり想いが込められているわけです。伝統文化を見つめることは、やはり、先人たちの生活様式ばかりでなく、当時の人々の思考にふれる旅路であり、体感することで「伝統」に関するアンテナがぐるりと変化することを実感しました。

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工房でのやりとりも熱のこもった、からっとすがすがしい会話のなかでも、伝統や生活の叡智を守る職人の方からは、ただひたすらに「絶やしたくない」という想いを感じます。先人の築いたものを絶やすということは、日本に住まう人々が重ね続けた文脈を無に帰すということ。後継者不足はこうした懸念が現実的になるのではないかという怖さも感じさせます。だからこそ、「じゃあ、何が自分にできる?」と一人でも多くの人が考えながら日常を送ること、先人の文脈を受け継いでいくことにもつながるのではないか、江戸小紋の柄や文化を探る旅はそんなあかるい未来をも感じさせる一日となりました。

さあ、あなたならどんな想いや祈りを生活にまといますか?



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