講義レポート

朝ごはんは”お守り”のようなもの

「朝ごはん学」講義レポート

朝ごはん学キュレーターの岡島です。朝ごはん学春の第2期の受講生募集がスタートしました。好評だった前回のレポートの後編です。「人生をつくる朝ごはん」とはどういう事でしょうか?受講前はコーンスープ缶が朝ごはんだったという蒔野さん。講義を通じてお手本のような成長ぶりを見せてくれた彼のレポートをお楽しみ下さい。
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せっかくなら、おいしく撮ろう
第3回目となるこの頃には、参加者の朝ごはん写真を投稿するfacebookグループページもとても賑やかになっていて、毎日誰かしらの朝ごはんを眺めては「朝からいいもん食ってんじゃーん」「ヤダその箸置きカワイイ!」などと楽しんでいる。自ずと朝ごはんを写真に撮ることも増える。ここはひとつフルタさん(カメラマンの仕事もしている)に、おいしく撮るコツを聞いてみよう。
ひとりひとりの写真に対して、「余計なものが写りこまないようにアングルはもっとこう…」とか「これは光の具合がいいですね!朝の光を利用しましょう」、などとコメントを頂く。ケータイカメラでも充分魅力的に撮るコツがあるようだ。さて自分の番だ。わくわくしながら聞いてみると「蒔野さんはとりあえずお味噌汁の位置が逆ですね。」
ガーン。常識か、常識なのか。そういえば記憶はないが小さい頃親に「お茶碗持つほうが左よ。」と教えられた際「お茶碗ってなに?」と返すどうにも残念な感じだったということだが今それはどうでもよいことだ。

でも待てよ、と思う。自分の目標は朝ごはんを食べる習慣をつけることで、きれいな写真を撮って料理雑誌に投稿したいわけではない。しかし、フルタさんは言う。「人に見てもらうことはモチベーションになります。それに、朝ごはんを”作品”と捉えてみたらどうでしょうか。もっと彩りを良くしよう、じゃああの野菜を買ってみよう、それに合うドレッシングは何だろう、という感じで、朝ごはんが楽しくなります。」
つまりは「習慣化」の先にある「豊かさ」に繋がっていく行為なのだ。更に言えば、すてきな朝ごはんの後ろに見え隠れする、すてきな朝ごはんを食べている”生活”にたどり着くものだろう。自分にはまだまだハードルが高いが、すてきな朝ごはんを食べている未来を想像するのは楽しいことだ。未来はいつでもおもしろい、と誰かが言っていた。

外朝ごはんのススメ
朝ごはんは自由だ。何を食べてもいい。ハムサンドウィッチでもいいし、満漢全席だって構わない。家で食べてもいいし、外で食べてもいい。じゃあ、ということで、後半は外朝ごはんについてグループディスカッションを行った。わざわざ食べに行くのもねえ…と最初は思っている人(自分もそう)多かったが、
・洗い物しなくて済む
・一日が長く使える
・イベントっぽくて楽しい
などなどポジティブなアイデアもたくさん出てきた。朝営業しているお店をどれだけ知っているか、リサーチ能力も大切だね、と皆で確認した。いいとこ見つけたら教えてね、とも。デイリーにもイベントにもなる朝ごはん。やはり、朝ごはんは自由だ。

休日ののんびり朝ごはん、パン・ケーキ
休日ののんびり朝ごはん。酒、タバコ、喧嘩に明け暮れたこの俺がパンケーキか…、と偽りの記憶を呼び覚ますほどの素敵朝ごはん、それがパンケーキだ。実際パンケーキを焼くのは生まれて初めてかもしれない。お好み焼きはある。
慌しい平日の朝とは違い、ゆったりとした時間を迎えるための朝ごはん。朝ごはんで一日のペースをコントロールする。朝ごはん、あなどれません。ではいざ、パンケーキを焼こう、の前にタネを作ろう。
パンケーキを作るにもフルタさんの言う「ちょっとしたコツ」が必要なのだそうだ。最初のタネを作るところから驚かされるのは、ボウルをスケールの上に置いて調理が進んでいくこと。スケールの目盛りを読めばいちいち分量を量る必要がなく、合理的。道具は少なく、が基本。のんびり朝ごはんだからといってのほほんと作っていたら夕方になってしまう。ざざざ、と材料を入れる姿も見ていて気持ちがいい。
タネを作りながらおいしいコーヒーが売っているお店や自分が所属している小麦粉研究会(何それ!)のことなどを話してくれたフルタさん。作りながらも楽しい会話、のためのシンプルでぎゅっと要点を絞った手順だ。さて、いよいよ焼きます。

朝ごはんと会話
今回も全員が焼き、全員で見学する実習スタイル。パンケーキをひっくり返すときは皆で「よいしょー!」と声をそろえる(誇張)。フルタさんの「ちょっとしたコツ」を教わって、きれいにパンケーキが焼けていく。焼くときのコツは、フライパンに油を決してひいてはならないこと、焼き具合をめくって確認すること、それだけ。コツは簡単なのが一番だ。コツが120の手順だったらそれはもはやコツではない。
焼きながら女性たち(この日の参加の男性は私だけ)がわいわい話す。「男子がパンケーキ焼けたら絶対惚れるよねー!」なんだとう!そうなのか!高校三年のあの夏、俺がパンケーキさえ焼けていれば!むぐぐ、と握りこぶしを握っていると「次は蒔野さんですよ。」と呼ばれる。しずしずと焼く。
中身はどうあれ、朝ごはんで人との会話が生まれる。家族とでもいいし、友人を家に招いてもいい。そういう可能性を感じさせる、休日の朝ごはんだ。岡島さんの方ではおいしいコーヒーの淹れ方を教えてくれた。「円を描くように湯を注ぎます。」「湯が落ちきる前に次の湯を足します。」と分かりやすく明快。しかもその通りにやるとおいしくなる。まさにコツだ。

パンケーキで一旗あげる
今回パンケーキを焼くにあたって、目論んでいたことがある。一旗あげてやろうということだ。比喩の方ではない。パンケーキ屋を開いて一旗揚げるのではなく、パンケーキに一旗立てたいと思ったのだ。
なくてもパンケーキの味は変わらない。でも、なんとなくうれしいのではないか。なくても死なないけど、あったら毎日がより良くなる。朝ごはんも、きっとそうだろう。
メロスといえば激怒であり、我輩といえば猫であり、パンケーキといえば旗。自由大学、朝ごはん学のロゴを拝借して、旗を工作。様子を見に来てくださった学長にコピーライツを伺うと「無論OKだ。」と親指を立ててくれた。他の生徒のみなさんも旗を立ててくれて、とてもうれしい。
今回学んだことは、朝ごはんで一日の気分を盛り上げていけること、そしてそれには「ちょっとしたコツ」があればよいこと。朝ごはんをきっかけに、自分や周りが少し楽しくなる。それはもう、一つの変化といってもいいのではないかな。パンケーキのようなふかふかの心で、4回目の講義は終了。

ぼくは朝ごはんを食べる
あっという間の第5回。最後の回はそれぞれの変化を発表する。第1回から理想の朝ごはんを考え、6分で朝ごはんを作り、外での朝ごはんや休日の朝ごはんを思い、秋には運動会、冬には餅つき大会を経てここまできた朝ごはん学(やっていないものもあります)。
朝ごはん学が始まってから、なんとか朝ごはんを抜かないで(質は度外視)ここまでやって来られた。朝ごはんを食べるようになってまず思うのは、身体的な変化だ。午前中から午後にかけて、からだがしっかり動くようになった。

それまでは泥のように布団から出て、そのまま寝ながら自転車を漕ぎ電車に揺られ会社に着いて「なぜ俺はここに?」と一日が始まっていた。それが今や泥のように起き(あ、それは変わらないのだ)、朝ごはんを食べてさて、今日も生きるか、と一日が始まっている。
大きな違いは午後の始まり。朝ごはんを食べていなかった頃は午前中をごまかしながら、なんとか過ごしていたが、午後はもうああ疲れた、ぼく、なんだか眠いやとパトラッシュが心配しそうな有り様であった。当然のことながら、昼ごはんのエネルギーが発揮されるのは昼もだいぶ過ぎてからなのだ。
朝ごはんを食べるようになってからは自分のからだのエネルギーシフトがきちんと成される。消費と補給が正しいサイクルで成され、一定のパフォーマンスが出せる(気がしている)。
・朝のからだに体温を感じるようになった。

第1回目で教授のフルタさんが「朝は体温が下がっているから食べないともたない」と仰っていたが、さっぱり意味が分からなかった。が、今は分かる。朝ごはんを食べると実感としてからだに何か満ちている感覚があるのだ。それはもちろん物理的な体温だし、胃に炭水化物その他がつまっているからなののだが、何やらそれだけではない今日はいけるぞ、というやる気みたいなものがある。自分で自分を操縦している感覚というか。
素直な気持ちとして、今は「朝ごはんを食べないと不安」に思う。その気持ちこそが、朝ごはんを食べる習慣というやつじゃないのか。そうに違いない。

ヘレンケラーの気持ち
そしてそれとは別の変化。
・生まれて初めて箸置きを買ってみた
・通勤経路にうまいパン屋を見つけた(5年以上前からあったそうな)
・ヨーグルトを食べ始めたら周りがうまいヨーグルトを教えてくれた
今まで気にも留めていなかったことに朝ごはんを通して次々と気付かされた。誰かが、「毎日の朝ごはんで、自分のクリエイティブは守れる」と言っていたのを聞いたことがある。それはつまり、このことだったのだ。それは些細だけれど、自分にとって生活を少し楽しくしてくれる気付きだ。人はどうあれ、自分にとっては。1日がちょっと楽しい×毎日=よりよい人生、まさしく朝ごはん学最初のうたい文句、”朝ごはんで人生が変わる!”ということ。
朝ごはん学の他の生徒のみなさんも、
・一日の最初の楽しみ
・コミュニケーションの素
・ひと時の贅沢
・生活を律してくれるもの
などなど、それぞれの答えを見つけて教えてくれた。

朝ごはんのある人生
キュレーターの岡島さんは、「講義を通じてそれぞれが、それぞれの正解を見つけるのが自由大学です」と言う。ともすればそれは厳しい言葉でもある。how toを教わる方がよっぽど楽だ。でも、自分で実感を伴って見つけた答えであればこそ、自分にとって価値のあることになる。今は様々な考えや価値があり、それを頭で理解することは簡単だ。それだからこそ、体験的に”自分で選んだ”というところを頼りにやっていくのがいいのではないか。
フルタさんからは、「みなさんのモチベーションの高さを嬉しく思います。」とお言葉を頂いたが、朝ごはんを食べるためにモチベーションをひねり出すところから、朝ごはんを食べることでモチベーションを生み出せるのだということを学んだように思う。朝ごはん学は一旦修了となるが、朝ごはんは一生続く。
最初の問い、「あなたにとっての朝ごはんとは?」を振り返る。今は、「ないと不安な、お守りのようなもの」と答えることができる。お守りを持って、今日も出発だ。

朝ごはん学終了後の卒業式ツアーにて

 



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